インド・カシミールの歴史 (ラージャタランギニー)#3-7
159. こうして、詩人は王の世話を一段と熱心に努力しながら、衰えることのない母の庇護(mātṛgupta)は、六つの季節を過ごしていた。
160. そうして、彼は痩せた手足を、埃にまみれて、古く擦り切れた服を着て、あるとき、外を歩いているところを、王が見て考えた。
161. 「異国からきて、守る者もなく、親戚にも捨てられた、徳ある者を、その芯の強さを知りたくて、試練を私は課してきた」
162. 「誰が彼の面倒を見て、何を食べて、あるいは、どんな服を着ているのか、こうしたことを、強大な王なのに愚かな私は、あぁ、気づかずにいた」
163. 「春のような、私の光りの暖かさを、いまでも、それに相応しいものに与えなければ、冷たい風と灼熱に苦しんで、この者は、水の干上がった木のように、萎れてしまうだろう」
164. 「彼の消耗を救済し、落胆を愉しみに変え、あるいは、癒して、その疲労を切り捨てることを、拠って立つもののない彼に、誰ができるだろうか」
165. 「彼に、願いをかなえる思考の石を与えず、あるいは、神露でもてなさず、私はそれほどに、まったく愚かにも、彼を試そうとしていた」
166. 「さて、あの徳のある者の、熱心なサービスによる安らぎに対して、どれほどの返礼を、債務として負っていることだろうか」
167. このように考えて、この王は、彼の出仕に対して、自ら贈るに相応しい物を考えたものの、何も思い浮かばず、準備することができなかった。
168. その後を追うようにして、強く白い霜の粒を運んで、手足を焼くような、粉雪の木枯らしを伴った、雪の降る冬が訪れてきた。
169. 厚く覆われたヴェールと見紛う闇が覆い、厳しい寒さが一面に降りてきて、辺りは藍色のオーバーコートを着せたようになった。
170. 寒さに痛めつけられて、空に宝石と輝く太陽も、海中にある伝説の火に暖まるために、そそくさと海に沈もうとしているかのように、日は短くなっていった。
171. そして、灯りが照らす王宮の、明るく輝く燭台がある寝室で、あるとき、人の主は、ふと、呼ばれるように、夜の真ん中に、目を覚ました。
172. 王は、冬の風が強く、つぶやくようにガタガタと激しく音を立てて、眠れなくなり、さらに、灯りが揺れ震えて、消えいりそうになった寝室を、目にした。
173. 燭台に火をつけるために、従者が必要になって、声を出して、そこに、外で見張り番をしている者たちに「誰か控えていないか」と言ってドアを開いた。
174. すっかり睡眠に落ちているすべての見張りの中で、外の小屋の中から「王様、ここに私、母の庇護(mātṛgupta)がいます」と話すのが聞こえた。
175. 「入ってきなさい」と王自ら同意したので、そこで、王宮に、幸運の女神が近くで喜んでいるように、夜の中、他の者に見られることなく、彼は入ってきた。
176. 燭台にを火をつけてくれと言われて、灯りを点した後、足早に、外へ出ようとするところを、しばし待つように、大地を愉しむ者は言った。
177. 彼は、怖れと寒さで二重に震えながら、主の視線の先で、何を話されるのか、と内心感じながら、さほど遠くない場所に腰かけた。
178. そして、大地の守護者は尋ねて、「どれほど夜が過ぎたのか」と詩人に聞くと、彼は答えて「上様、夜の刻限は一刻と半残すところです」
179. そこで、大地を抱く者は、彼に言った「どうして正確に夜の時間をが言えるのか、お前が確信を持っているのは、どうしてか、眠りが夜にやってこないからか」
180. そこで、すぐさまシュローカの詩を作成して、これによって、彼が知らせたいと思っていた、痛ましい状況を癒したいと、惨めさをなくすために、差し上げた。
181. 「寒さに体温を奪われ、さやの中にいる豆のように、思いは海のように波打つ不安に沈んでいって、消えそうな火になり、唇は風にさらわれて裂け、空腹に苦労し痩せたのど首を持つ私に、眠りは、軽蔑した妻のように、どこか遠くに私を残して去ってしまい、正道の器を持つ者が、得たいと思う豊かな領土のように、世に闇夜が尽きることはない」
182. この詩を耳にして、地上の守護者は、正直に謳われている苦しみに、賞讃して、この詩人のインドラに、元の場所に戻らせた。
183. 感慨にふけって「私の過ちで、この徳ある者が落魄した心で、不幸に焦がされていることを、いまこうしてこのような話を、ここで聞かされるとは」
184. 「その貧しさなどを率直に話したのに、他人のように反応した私に、あの者は、心にある不幸を隠して、不動の姿勢で外に座っているのだろう」
185. 「長い間悩んできたが、彼の精勤に相応のものを、与えるに値するほど大きなものは、何も見当たらずに、いままで私はいた」