インド・カシミールの歴史     (ラージャタランギニー)#1-13

346. 牛の耳(gokarṇa)という彼の息子は、不動の大地に、牛の耳の主シヴァ(gokarṇeśvara)の寺院をつくり、五十八年に三十日不足して(57年11か月)亡くなった。

347. 息子の、人のインドラのアディティ(narendrāditya)は、寝台の脚(khiṅkhila)と称される存在で、生類の主シヴァ(bhūteśvara)の寺院に、不滅となる台座を数多くつくった。

348. 天の恩恵を分け与えられた、剛力(ugra)という王の導師は、剛力の主シヴァ(ugreśa)の寺院と女神の転輪(mātṛcakra)の儀式を行い、誇示するほど、力を持っていた。

349. 大地を三十六年と百日(36年3か月)の間、その力を蓄え、王は、その高みから、良く整えられた、不犯の世を差配した。

350. その後、彼の実の子である、ユディシュティラ(戦の落ち着き)という名の者が、王となり、彼は、視力が不足していたので、世の人々から、盲目のユディシュティラと呼ばれた。

351. 王は、家系によって受け継いだ王位にあって、注意深く法を適用し、わずかの間だが、それまでの、大地の守護者たちの政道を受け継いだ。

352. どれほどの時も経たないうちに、悪い宿命の力が彼に働いて、自分の成し遂げたことにより、美酒に酔ったように、その繁栄に浸るようになった。

353. もてなすべきをもてなさず、思慮ある者を持ち上げず、これまでのように、敬意を以て、心のこもったふるまいに、返ることはなかった。

354. 教養のない庶民たちと一緒にして、変わりのない処遇を与えて、生まれ持った不浄が放つ炎を持つ王は、悟りを開く者たちを殺し、奪っていった。

355. すべての場面で、すべてを分け隔てしないことこそ、ヨーガを持つ者の徳であるのに、この大変な罪深さによって、地上の主は、名誉を汚すことになった。

356. 徳性を背徳にし、背徳を徳性であると、酒色に溺れる取巻きたちに導かれて、王は、考える力を奪われ、次第に、女性のしもべのように成り果てた。

357. 話す言葉は生気を離れ、長い間、性技に戯れ、果てしなく酒色に溺れる取巻きと語らい、王の、主の力をなくした弁舌は、戯れであっても、怖れを引き起こした。

358. その人の前では、偽ってその徳を讃えながら、その人の見ていないところで、罪をつまびらかにし、自分の命に執着する、大地を抱く者は、従者たちに敵視されるようになった。

359. 些細な気配りを怠ったことで、この大地の主はつまずき、このようにして、王座に座っていることで、ほどなく、混乱が引き起こされた。

360. 二心を持たず、謀反を起こさないことで、台頭してきた、この状況に迎合することのない、大臣たちが、権力を得て、謀反を起こし、王の失墜を図った。

361. 主が手も足も出せず、こうした大臣たちの行動を止められないことを知って、王位を簒奪しようとする、近隣で張り合う大地の守護者たちが、この地に現れた。

362. これと息を合わせて、至るところ、誰も彼も、さまざまな地域に住む者たちが、王国という腐肉を奪おうと群がる鷹のように、すぐさま殺到してきた。

363. こうして起こった恐ろしさに、王は、自分の地位を回復する力をなくし、まるで、石工が、揺れ落ちる石を止める道具を持たないようであった。

364. 長い間の、つぶすような攻撃に耐えてきた主は、この王位の動揺の中で、この状態を解決できる方策は、何一つ、見出せなかった。

365. 「悪事が明るみに出れば、間違いなく、抹殺されるに違いない」と考えて、王からの懐柔の言葉を、自国の大臣たちは、受け入れようとしなかった。

366. そして、彼らは、人の守護の住む王宮を、蜂起した兵士たちで包囲すると、遠巻きに聞こえる人々の叫び声を、戦陣のドラムの慄くような轟きで遮った。興奮して、マダ(発情液)を流す象の軍隊に、掲げた旗印の影は、太陽の光を包囲し、王の住まいに差し掛かって、日中であるのに暗闇に包んだ。

367. 彼らとの戦闘を避けるために、停戦を申し入れると、シュリーナガルの中から、都を捨てて、この人の主は、自分の故郷を目指して、旅立つことになった。肥立った馬が埃を立てる馬車で、高貴な生まれの王と王妃たちが出発するのを、見つめながら、都の者たちは、瞳を揺らし、涙を流して、干し米と干し麦を振り撒いて、大通りで見送った。

368. 落ち延びていく王の一行から、従者、美しい侍女、蔵の財宝などを、王の敵たちが、何度となく、襲い掛かっては持ち去っていった。地面から生えた大木が、山のインドラであるヒマラヤの頂上から、滑り落ちるときに、つる草や果実などが、擦れた岩で乱暴に持ち去られるように。

369. 気持ちの良い石畳の道を歩いて、息が切れれば、足を休める枝ぶりの良い木陰を選んで、横たわるうちに、放浪の不幸の大きさを忘れそうになった王だったが、遠くふもとの方から笛の呼ぶ音がして、踏み跡を発見したぞと聞こえ、ハッとして覚めると、渓谷を流れる水が、心の滝つぼに流れ込んだように、悲しみに沈んでしまった。

370. 色とりどりのつる草やハーブの香り、アイリスの濃厚な薫りでむせかえる、森の地面を小川が揺れて流れて、打ち返す岩は紫檀が生えて滑りやすく、山の治める場所にあった。これを渡ると、空腹に疲れた王は、睡蓮の花弁と堅いつぼみのようなかなしさの、無垢の愛らしい手足の姿を持つ、妻の、膝の上に体を預けると、眠りに落ちた。

371. 山の頂きの坂を上るとそこから、ずいぶんと長い間、立ち去った盆地を眺めていたが、短く別れを告げると、人の主の妃は、両手に抱えた花を投げ込んだ。地表に散らばった花を、羽を広げた鳥たちが、くちばしでついばむ仕草が、別れのお辞儀のようで、自らの巣に身を潜めていた鳥たちは、身を震わせると、山深い谷を飛び立ち、群れ飛んで、合唱するように鳴き叫んだ。

372. 胸の下で組んだ腕には、頭から滑り落ちたショールで覆い、三度、波打つような思いを飲みこんで、遠くから故郷を仰ぎ見ると、嘆きとともに涙が溢れ、髪飾りを持った手を伝って、人の守護が愛した妻たちの涙は、滝の水となって、道に流れた。

373. 愛情を以て忍耐強く、話を語りかけることで、悲しみを消し去ろうと、誠実に命令を守る、王国で重きをなす者たちが付き添ったことによって、王が、愛情を以て座っていた王位を失ったという不幸は、自分の故郷で、優れた育ちの、大地の守護の、大地を守衛する者たちによって、癒されていった。
 
以上が、優れた、カシミールの偉大な大臣であるチャンパカの輝ける息子である、カルハナが作った、王の大河の一番目の河である。

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