インド・カシミールの歴史     (ラージャタランギニー)#1-9

245. 腕で進む蛇のインドラから出生した娘ではあるが、この主人を主神のように扱い、神の伴侶たる女神の、見事な振る舞いと、その徳の高さで、彼を満足させた。

246. あるとき、漆喰を塗った高楼のテラスに彼女がいると、庭から外に出して、日光を避けるようにして干されていた米を、放されていた馬が食べてしまった。

247. 馬を止めようとしてお付きの者を呼んだが、館にいなかったので、シャラシャラと愛らしい音で、アンクレットを鳴らしながら、彼女は、自分で階下に降りていった。

248. 片手で壁を支えながら、急いだので、頭上からショールの端が滑り落ちたまま、彼女は、馬に駆け寄ると、自ら立ち上がった蓮の台のような、腕で、叩いた。

249. 米を吐き出して逃げていったものの、宇賀(へび)の細君が触ったことで、そこに、黄金色の、腕の刻印が、駿馬の体に浮き出てきた。

250. その当時、王である人(nara)は、諜報網を通じて、この、魅惑の目を持つ女性のことを聞いており、再生族の側室に、以前から、湧き上がる思いを持っていた。

251. 王の暴走する情熱は、象の発情のように心を乱したが、その感情を象の鉤のように、力ずくで止める者は、悪しざまに言われることを恐れて、引き留めることはなかった。

252. 膨れ上がった愛の炎に染まった、大地の主の、行き場のない船のような思いは、再び、馬の話が噂されると、威り狂う風となって、その帆を運ばれていった。

253. 馬に残る、まっすぐに伸びた、指のまばゆいしるしが、心を一杯にして、それが放つ金色の光線が刻印されたのは、ウサギの刻印を持つ月が、水を湛える海をその光で満たすようだった。

254. 恥じらいの鎖を消し去った王は、遣いを立てて、思いを告げさせ、彼女を誘惑せんとして、輝くように美しい女性を、怯えさせた。

255. あらゆる手練手管でも落ちなかったので、その夫である賢者にさえ、欲に駆られた王は、婚姻を願った。愛欲に目が眩んだ者たちに、恥というものは存在しないようだった。

256. そして、夫から声高に非難を、何度も受けたにも関わらず、彼女を力ずくで連れ去ろうとして、王は、戦士たちに指示を出した。

257. 戦士たちが、館の正面から攻撃してきたので、別の通路を通って抜け出し、助けを求めて、ナーガの住む場所に、妻と一緒に、再生族は逃げ去った。

258. 二人がやってきたことで、起こったことを、そのとき知った、蛇の主は、怒りに目の前が暗くなり、住んでいた湖から、飛び上がって空中に出た。

259. 辺りに轟きを聞かせながら、空中に偽装の雲を掻き立て、分厚い暗闇で覆うと、ナーガは、恐ろしい稲妻を降らせて、人の守護と、その都を焼き払った。

260. 焼けた息ある者の手足から染み出した、髄液と赤い血と脂が注がれると、孔雀の尾にある、目のしるしをした渦が、ヴィタスター川を満たした。

261. 身を守るために、円盤を持つヴィシュヌ(cakradhara)の寺院の近くに、逃げ込んだ者たちは、何千もの人間が、すぐに、焼き尽くされていった。

262. 甘い(madhu)と毛虫(kaiṭabha)の、二人のアスラの脂は、その昔、円盤を持つヴィシュヌの股のところまでしか汚さなかったが、このとき、ここでもそこでも、焼かれた息ある者たちの脂は、この寺院のすべての手足を汚していった。

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