インド・カシミールの歴史 (ラージャタランギニー)#3-4
73. ここで、ココヤシの木立の陰に、兵士たちを休ませていると、友好を取り持とうと、ランカー島の戦慄(vibhīṣaṇa、ラーヴァナの弟とされる)という帝王が、彼の元へと登ってきた。
74. この、人とラークシャサの両王の会談は、輝かしいもので、宮廷詩人が張り上げる声を聞かせて、お互いに先に謳い上げようとして、熱を込めていた。
75. そして、ラークシャサの主は、ランカー島に、地上を爛漫と飾るこの王を、招くと、不死である神が手にするのに相応しい豊かさで、彼をもてなした。
76. そのときまで、肉を食べる怪物(piśitāśa)という、言葉通りの名前でラークシャサを呼んでいたが、この時から、王の命令によって、(ラークシャサを)慣用語として用いることになった。
77. ラークシャサの顔を象り、変わることのない敬意を示すものとして、旗先をルビーで満たした旗印を、王のものとして、ラークシャサの主は与えた。
78. 海の向こうから迎えて、カシミールについたこれらの旗は、いまでも、王たちが外征に出かけるときは、対岸の旗印と呼んで先頭を務めている。
79. これ以降、ラークシャサの一族にも、生類の殺生を禁じると、自らの盆地に向けて、満足したこの人の主は、戻っていった。
80. このとき以降、全土を手にした、大地の主の命令として、殺生を禁じるという戒律を、飛び越えて向こうに渡る者は誰もいなかった。
81. か弱き動物たちは、カワウソに水中で、ライオンに深い森で、鷹に空中で見つかっても、この国では、生まれ出た者が、殺されることはなかった。
82. それから時が経った頃、誰か、悲嘆に包まれた再生族が、病いに罹った息子とともにやってきて、大地の主の王宮の門前で、嘆いていた。
83. 「ドゥルガー女神の要求によって、王様、生贄を用意することができないと、この、私のほかに代えがたい血筋の息子は、熱で、今日にでも死んでしまうでしょう」
84. 「もし、不殺生にこだわって、地の守護者よ、この子を、あなたが守らないならば、この不幸に、他に原因となることは、私には思い浮かびません」
85. 「さまざまな階級の上に立つあなたが、このような決定を下したのであれば、バラモンと生贄の命の間に何の違いがあるのでしょうか」
86. 「勤行をする者でさえ、バラモンの命を救うためには(ラーマは)殺すというのに、あぁ、母なる大地よ、いまでは、そうした臣下の守護者は、いなくなってしまった」
87. このように言って、皮肉を含んだ悲観の言葉を投げた再生族に対して、心がつぶれそうな痛みを感じた王は、しばらくの間、このことを考えていた。
88. 「生命をもつ者を殺してはならないと、先に、私が法として作ったものだが、バラモンのためとはいえ、バランスを失った者に、何をなすと約束できるだろう」
89. 「私が原因となって、今日の、苦境にこの再生族が陥るとすれば、しかし、これ以上ないほどのもっと悪い、価値のない、混乱を起こしてしまうだろう」
90. 「私の心は、鎮まることなく揺れ動き、一方に寄せて留まることがない。二つの川がつくる渦に降ってきた花のように、私の心は揺れている」
91. 「ならば、自分の体を供物とすることで、ドゥルガー女神を私が満足させれば、不殺生に叶うと同時に、命を救うことの二つに、相応しい行いとなる」
92 このように、かなりの時間考えた上で、人の守護は、その身体を捧げて始末することとし、明日になれば、あなたの喜ぶことをしてあげよう、と言うと、この賢い者を帰した。
93. そして、太陽が沈むと、地上の主は、自分を捧げようとし始めると、これを、ドゥルガー女神は引き留めて、再生族の子息を本来の状態に戻した。
94. こうしたことが今日まで、この大地の主の行動として語られているけれども、人々には違和感があって、ありえないことに溢れている、と私たちは困惑する。
95. むしろ、創作だとしても、リシがいう聖典で説いている、教えという轍と違いがないので、これを進む者たちは、聞いたことに、従おうとすることを妨げられない。
96. 彼が最後に亡くなるまで、地上で三十四年の王位を愉しんだ後だったので、太陽神アディティがいなくなって、辺り一面が光を奪われたように、人々は思った。