インド・カシミールの歴史     (ラージャタランギニー)#3-2

27. その後、大地の守護たちにも、殺生を止めることの命令を受け入れさせるために、王は、八方の征服を目指して、誠実に、法理を守ることを掲げて、出征していった。

28. 彼の怖れ知らずな有様を、人々は見て、その勇猛さを讃え、まるで、ジナ(仏陀)でさえ、羨むような、勝利の成果を、彼は挙げた。

29. 力でひれ伏せさせると、不殺生を人の守護たちに約束させて、ヴァルナ神が住む、逸るように流れる川の王の、ひざ元にまで、反抗する者もなく、入っていった。

30. そこで、ココヤシの林の陰で、心地よい休息をとった軍隊は、海の向こうの島の中を急襲するのに、休憩の中でも、準備を整えていた。

31. そのとき、岸辺の木立の近くから、不幸を嘆くような声がして、「雲に乗る者(meghavāhana)が王であっても、あの者は殺されてしまうだろう」と聞こえてきた。

32. 熱した鉄の棒を刺されたように、内心傷ついた王は、すぐさま、手にした、熱を癒す傘とともに、立木の中の声がしたところに向かった。

33. すると、見えたのは、怒れる女神(caṇḍikā)を祀った場所の前で、山岳のシャバラ族の将軍によって、殺されようとして、うつぶせにされた男であった。

34. 「人の道にもとる者、こら!お前の罪深い行いを止めなさい」と、地上を愉しむ者に、叱られて、恐怖を覚えた、このシャバラ族は、王に説明した。

35. 「死にそうな子供がいて、王よ、それは、病気を得た私の息子です。この宿命による因果を、この者を切ることによって、吉兆に変えることができると言われています」

36. 「生贄を捧げることを止めれば、その瞬間に、息子は死んでしまい、縁者の一式も残らず、その命を生かしておくことが、出来なくなります」

37. 「よその森の奥深くから、さらってきた身寄りのない者を、王よ、守ろうとするならば、多くの人々のよすがとなってきた幼い者を、どうしてあなたは、顧みようとしないのですか」

38. このとき、偉大な心を持つ王は、このシャバラ族の言葉と、殺されようとしてうつぶせになっている者を見て、混乱し、心を塞がれた状態で、こう言った。

39. 「山岳の民よ、失望するでない。私が、自ら守ろうではないか、多くの縁者がいる、お前の息子を、殺されようとしている、あの、縁者のいない者とともに」

40. 「この怒れる女神に、私が自らの体を、生贄として差し出そう。私を打ち据えろ、そうすれば、この二人の人間の命を、心配する必要は無くなる」

41. 王の驚くばかりの、偉大な正道の思想の、高等な行動に驚いて、目を見開き、総毛立って、このシャバラ族は、王に言った。

42. 「同情してなんとかしようと思うあまりに、あなたの命を捧げるとは、地上の主よ、何か、誤った考えが、その心に忍び込んだのではないでしょうか」

43. 「三界のすべての命を以てしても、守られるべき命が、心を惑わせ、地上を愉しみ、優れた力を持つ、体を軽んじることは、考えられません」

44. 「誇りでもなく、名声でもない、財産でもなく、細君でもない、縁者たちでもなく、法理でもなく、息子でもない、大地の守護が、その命を懸けて守ろうと願うものは、それらではありません」

45. 「ですから、鎮まってください、従者たちの主となる方よ、同情心に動じて、自分を殺してはなりません。私の子供も、従者たちも、あなたの命に頼って、命を永らえているのですから」

46. 自分の身を捧げたいと、歯を光らせて破顔し、はっきりとした声で、このとき、地上の主は、首級を抱くドゥルガー女神に、敬意を払うようにして言った。

47. 「善行を実践すれば、神露の甘味を味わうことができるというのに、お前たち、森にすむ者よ、どうして、砂漠にすむ者たちが、ジャフヌの娘ガンジス川に浸る喜びことを、知らないかのように、しているのか」

48. 「必ずや滅んでしまう、体を以って、買うことのできる喝采は不変のものとなる。私の願いを無視する、お前の愚かさは汚名が立つほどに頑固だ」

49. 「これ以上何も言うな。もし、私を打ち殺すことにお前が同情しているというなら、私の慈悲であるこの剣で、私の言ったことを成し遂げずには置かない」

50. こういうと、主は自身の体を捧げようと支度して、首をおとがいから切り落とそうと、さやから佩いた、帯刀を手にした。

51. そして、王が願いを果たそうと首を差し出したとき、天から花々が、頭の上に降ってきて、その腕を、天界の美しい姿をした者が、現れて、取り押さえた。

52. そこに現れたのは、精霊ブータが、神の姿となって、前に立つと、怒れる女神が消え、殺されようとした者も、山岳のシャバラ族も、その息子も消え去った。

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