菊地信義『装幀余話』作品社
本の装幀者で、2022年3月28日で逝去された著者の、生前のインタビューや、雑誌等に掲載されたインタビュー記事、エッセイなどを集めたものが本書である。
小説などを書いている作家を一次産業とすると、今は二次産業として、それを利用するコピーライターやイラストレーターが賑わっているとし、装幀の仕事は三次産業というところかなと、著者は言う。
二次産業的な作品がいろんなメディアにあれているがちっとも面白いと思わない。一次産業としての原始的な小説、詩、絵だとかが好きだと著者は言う。
本は自分で広告を背負って、本屋の店頭に身を晒している。本というものは、作家のものではないし、読者のものでもない。読者と作家があって初めて成立するある作物なんだと言う。
言語で作られた作物は「もの」たり得るが、著者は、それをもう一つの本という「もの」に置き換えていると言う。
本書では、著者による装幀にまつわるエピソードも多く語られている。山口百恵さんの『蒼い時』の装幀をしたのも、著者である。
著者は、なぜ装幀を依頼したのか聞いたと言う。山口百恵さんは、津島祐子さんの『氷原』という本が好きで、公演が終わって宿に着いても、すぐに寝付けないとき、津島さんの文章を読むと少し頭が鎮まる。その本の目次の裏に、「装幀・菊地信義」と書いてある本をプロデューサーの残間里江子さんに見せた。
『蒼い時』は資材設計をすべて任せてくれて、化粧品のパッケージなどに開発された紙をを使用したが、二百万部も売れる本の表紙に使われたので、紙屋さんもびっくりであったと言う。
版元はタイトルを「蒼」でなく「青」したかったのだけれども、山口さんは絶対に譲らなかった。眠れない夜、ホテルの窓から外を覗くと、漆黒の空がだんだんとあおみを帯びてくる。そのときの色が彼女にとっては「蒼」なのである。
この「蒼い時」という赤い文字に、蒼いグラデーションを入れて、「蒼」にこだわる彼女へのレスポンスとしたと言う。
本は人の心をつくる道具である。それを了解した上で本を読むことで、「静まった心」がもたらされると言う著者の装幀への思いを知ることができる著書であると思う。水戸部功さんの装幀である。
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