素直

夜の繁華街を歩くのは、いけないことをしているようで楽しかった。繁華街といっても大人向けの店などはもっと奥にある、さしかかった道を中村と2人で歩いていた。
「素直な気持ちっていいよな。」
中村との話は突拍子がなく、どこか現実じゃないような感じがして心地がいい。
「素直か、俺たちに足りない部分だな。」
「俺は今日から素直に生きると決めたから、お前に足りない部分だ。」
曲がり角を曲がる。俺たちは目的なくただ背伸びをするためにこの道を進んでいるわけではない。もう二つほど角を曲がった先にある喫茶店に行きたいのだ。腰の曲がったおばあさん1人で切り盛りしていて、小倉パフェがうまい喫茶店に。
「そうか。じゃあ俺たちに足りなかった部分だな。で、なんでそんなこと思ったんだ。」
「ああ。俺は恥ずかしながらこれまで尾崎豊を聴いたことがなかったんだ。でも昨日初めて聴いたらびっくりした。」
中村は酔っ払いを避けて歩きながら続けた。
街の空気に乗せられて若干早口にまくしたてた。
「彼の曲を聞いてたのって、不良とかでしょ?中坊のくせしてタバコなんか吸ってる奴とか、俺みたいなやつ見つけたら武力で金を巻き上げる奴とかでしょ。」
偏見まみれの中村に対して俺は、そうとは限らないだろとつっこんでみるけど奴はお構いなしに続けた。
「こんなに悪いことをしてるのに、こんなに素直な歌詞で動く心を持ってるなんて!俺は会ったことない、存在するかもわからない思春期坊やを抱きしめたくなったよ。」
また、曲がる。中村のペースに合わせているとなかなか次の角に辿り着かないから、やっと曲がった気がした。
「お前はほんとに歩くのが遅い。」
「え?」
「素直になってみた。」
そういう素直じゃないだやんやと言いながら目的地へ進む。夜風が中村の前髪をふさふさと揺らしていた。
最後の曲がり角が見えてきたくらいの頃で、二人の若者が向こうから歩いてくる。まあ、若者と言っても高校生の俺らからすれば大人だ。25歳くらい、服装と時間帯からして仕事帰りの男女だった。さっきから人はたくさんいたけどその二人に目が止まったのは、その二人が金曜日の夜に相応しく、子供のように目を輝かせていたからだ。
すれ違う時、男の方の声が聞こえた。「俺、今が一番幸せかも。だってさ、金曜の夜、こうやって...」とまで聞こえた。そのあと二人は少し上を向いて笑っていた。同じ方向を向いて笑う人たちって、どうしてこんなに魅力的なんだろうか、とか思う。
曲がり角を曲がる。「ほらみろ、素直ってこう言うことなんだよ。いいだろ。」と中村が言う。俺は「そうだな。」と返した。



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