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精神交換留学生 ――ステイホームでホームステイ――
生まれた時から小さいボクは、小学校、中学校と常にクラスで一番背が低かった。
高校の今でもクラスで一番背が低い。男子女子含めてだ。
前ならえはいつも腰に手を当てる。両手を前に伸ばしたことはない。
体の線も細くてよく女の子に間違えられたりもした。
「どうして背を高く生んでくれなかったんだよ!」
と母に詰め寄ったこともあった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣く母も背が低かった。
それ以来、人前では背のことを言わないようにした。
小さいとからかわれてもスルーするようにした。
それも今日まで。今日からは新しい自分になれる。
精神交換留学生に選ばれてアメリカのハイスクールの生徒と精神を入れ替えるのだ。
期間は一週間。わざわざ海を渡る必要もなく簡単に外国へと行ける。
交換相手の名前はジョー・エイプリル。先生の話ではクラスで一番背が高く、男らしいと評判の生徒とのこと。
楽しみだなぁ。
「目を開けてください」
ゆっくりと目を開けるとそれまでいた真夜中の保健室ではなく、明るい日差しの見慣れない保健室だった。
「私の言葉が分かりますね?」
白衣を着た彫りの深い顔の男性が語り掛ける。
「はい、分かります」
頭に取りつけた精神入れ替え装置トランスシーバーの機能の一つトランスファストのお蔭で英語も即時翻訳されて理解ができる。
トランスファストは入れ替わり先の左脳の言語野を利用して言語を概念に変換しボクの身体へと送信する。
「ゆっくり立ってみて下さい」
ボクは椅子から立ち上がり周りを見渡した。
「うわぁ、高い」
視線の位置がかなり高い。さすがクラスで一番背が高い生徒だ。
視界の端の鼻が気になる。高い鼻だな。
あと、下を向いた時の胸も気になる。さすがアメリカの生徒は育ちがいいのか胸板が厚い。
それと、股間がスースーする。
あれ? ズボンを穿いていない? 短パン? ……いや、スカート!?
折りひだの入った灰色のスカート。
股間に手をあてる。……ない!
ちょっと待って、じゃあ、厚い胸板も!?
両手を胸にあててみる。
むにゅ。
固い筋肉かと思ったそれは柔らかな肉の塊だった。
「えぇー! 女の子になってるー!?」
「そうですよ。あなたの入れ替わり相手はジョセフィン・エイプリル。まごうことなき女性ですよ」
「えぇ? ボクの入れ替わり相手はジョーって聞いてたからてっきり男性かと」
「ジョーはジョセフィンの愛称ですね」
「そんなぁ……」
「エイプリルさんは男性と入れ替われるってことでかなり喜んでましたよ。あなたもエイプリルさんとマッチしたということは、エイプリルさんはあなたが出した希望に添う人だったということですね。入れ替われてよかったじゃないですか。これから一週間アメリカンスクールライフをエンジョイしてください」
これから一週間この身体で過ごさないといけないのか……。ちゃんとできるのだろうか。
「というわけで、精神交換留学生のヨシアキ・シラトリ君だ」
アメリカのハイスクールなのでみんな私服かと思っていたがこの学校は制服だ。一昔前から制服を導入している学校が増えているとのこと。
白いシャツにネクタイ着用で紺色のブレザー。男子は灰色のズボンで、女子は灰色のスカート。
自分で自分の姿を見ることができないので、スカートを穿いている自分はまるで女装をしているかのようだ。
クラスメイトが睨みつけるように見ている気がする。
やっぱり男のボクが女の子の恰好をしているのが変な感じなのだろうか?
なんか恥ずかしくなってきた。顔が紅潮してきたのが自分でもわかる。
つい視線を逸らしてしまう。
「に、日本から来たシラトリ……ヨシアキ・シラトリです。よ、よろしくお願いします」
緊張してモジモジとしてしまった。
「なんか、いつものジョーと違うな」
「ああ、なんか穏やかになったというか」
男子の視線が突き刺さる。
目と目が合うわけではなく、視線は目よりも下、顔よりも下、胸の辺りに突き刺さっている。
なんか変なことになっているのだろうか? 思わず両手を組んで胸を隠した。
案内された席に着くと後ろに座っていた女の子が声をかけてきた。
「私はメアリー。ジョーの友達よ。分からないことがあったら私に聞いてね」
こういう人がいてくれると助かる。あとで学校を案内してもらおう。
授業が始まった。
ノートをとるためにうつむくとジョーの長い髪が前に垂れてきて邪魔になる。
背中の方へ追いやってもまた垂れてきてしまう。
授業が終わり休憩時間。メアリーが話しかけてきた。
「髪の毛邪魔そうにしてたわね」
「そうなんだよ。ジョーは気にならなかったのかな?」
「ジョーは細かいことは気にしないタイプなの。ちょっと前向いてて」
メアリーがボクの髪の毛をいじりだした。
「これが精神入れ替え装置ね」
頭に貼り付けられた二つの装置トランスシーバー。右脳用と左脳用の二つが強力な接着剤でしっかりと張りつけられている。髪の毛で隠しているのであまり目立たないようになっている。
トランスシーバーは送信用のトランスセンダーと、受信用のトランスレシーバーに分かれている。
アメリカのジョーが見たこと聞いたことの五感情報がジョーのトランスセンダーから日本のボクの身体のトランスレシーバーに送られる。
ボク本来の五感情報は遮断され、ジョーの五感情報に差し変わる。
身体を動かそうとするボクの信号はトランスレシーバーに横取りされ、トランスセンダーによりアメリカのジョーの身体へと送られる。
例えるなら、カメラを付けたラジコンカーを、モニターを見ながら操作するようなものだ。
同様に、ジョーはアメリカに居ながらボクの身体を操作している。
お互いがお互いの身体を操作することで、あたかも精神が入れ替わっているかのように振る舞えるのだ。
超高速通信を利用してレスポンスタイム0.3秒以内を実現していて日常生活を送る分にはほぼ問題がない。
メアリーは取り出したハンカチで髪の毛を束ねて結んだ。
「これで大丈夫。かわいいわよ」
男のボクがかわいいと言われても恥ずかしいのだけど、鏡に映された自分の姿――ジョーの姿だけど――を見たら確かにかわいかった。
「ありがとう」
「そのハンカチは今日の出会った記念にあげるわ」
リボンのように飾られた髪の毛を見て、クラスの男子がザワつき始めた。
背が高いことで常にみんなから見られている気がする。
体格のいい男子が一人ボクのところへやってきた。
「ジョー、ちょっとついてきて。話がある」
人影のない校舎の脇で筋骨隆々な男子と二人。
「そう怯えるなって。俺たち恋人同士だろ」
「えー、そうなの!?」
「だから、いつものようにキスしようぜ」
迫る顔。壁に追い込まれ、逃げようとする先は壁に突きつけられた左腕に阻止された。
「近い、近いよ!」
アメリカだったらキスは当たり前の挨拶みたいなものかな。
いつもジョーがしているならしなくちゃダメなのかな。
「なにやっているの!」
メアリーの声だ。
「ちっ!」
体格のいい男子は去っていった。
「今の子、ジョーの恋人だって」
「そんなの嘘よ」
「ええ! そうなの? あやうくファーストキスを奪われるところだった……」
「ジョーは男子と付き合ったりはしないわよ。あなたもジョーの身体をもっと大事にして」
「ごめんなさい」
それからメアリーはボクのそばを片時も離れなかった。
食事のときもトイレに行くときも帰りのスクールバスに乗るときも。
三日目の夜なんて泊まり道具一式を持ってきて現れて、一緒にお風呂に入ったりもした。
メアリーの話はいつもジョーのことだった。
メアリーが男子にからかわれたときにジョーが助けてくれたこと。
一緒にピクニックに行ってメアリーが足をくじいたときにおぶってくれたこと。
ダンスパーティーに一緒に行く相手がいなく困っているときに男装して一緒に行ってくれたこと。
「メアリーはジョーのことが好きなんだね?」
「なっ、なんてこと! ……いや違う。好きよ。でも、ジョーにはこのことは内緒ね」
メアリーはジョーが好き。
じゃあ、中身が全く別人の日本人であるジョーのことはどう思っているんだろう?
怖くて聞けないな。
そうして一週間が過ぎた。
最初は違和感があった女の子の身体も慣れてしまえば自分の身体。
もうこのままでもいいやという気もする。背も高いし。
「もうお別れね。ヨシアキ」
「色々ありがとう。帰ったらメールするよ」
「ヨシアキ……。私、あなたのこと……」
ドキドキする。
「ジョーと私の子供のような気がしてたの。なんかかわいいし。ジョーが小さい頃はこんな感じだったのかなって」
ガッカリだ。
「そ、そう。ボクも嬉しいよ。家族みたいに思ってくれて」
「また会いましょう」
――目を開けると一週間前にいた世界だった。
トランスシーバーを外してもらい、真夜中の保健室を出た。
元の身体に戻ってきたが違和感がある。
たぶん慣れの問題ですぐに解消すると思う。でも今は猛烈にスカートが恋しい。
翌朝、一週間ぶりの母校へ登校。
「ヨシアキー! 帰ってきてくれたか!」
友達に囲まれた。
「この一週間怖かったんだよ」
えっ、ジョーはボクの身体で何をしていたんだ?
みんなを見上げる姿勢が懐かしい。
そして数日後、国際便で小包が届いた。送り主はジョー・エイプリル。
添えられた手紙には簡単な一文
『あなたがもらったものだから、あなたに送る』
とだけ書いてあった。
小包の中身は一枚のハンカチ。
メアリーが髪を束ねてくれてたやつだ。
ハンカチからは、あの一週間の想い出の香りがした。
(了)