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朝、目が覚めると部屋には潮の香りがした。

ベッドの上で仰向けになりながら「何故だろう…。」と考えたが、直ぐにそう言えばと思い出した。今日は大潮の日だという事をすっかり忘れていたのだ。ここは潮の満ち引きが激しい場所なのだ。

ベッドから起きて立ち上がると海水はひざ下ほどの高さだった。いつもは足首程だが。

朝食でも食べるか、と思いキッチンへ行く。白い壁や天井に映る水面の穏やかな揺れが心地よい。
ここの家には2階というものは無く、いわゆる平屋だ。小さな家なのだ。

お気に入りのポットに水を入れて、沸かし石に置く。朝には珈琲とサンドイッチというのが自分の中での決まりである。
サーモンサンドに照り焼きチキンサンド、そしてお気に入りのエビアボカドサンド!
朝の空気がより一層ご飯を美味しくする。
湯が沸くとミルで挽いた豆をドリップする。毎回味が違ってくるが、そこがまたいい。珈琲が出来上がると家中にいい香りが広がる。
一度でいいから珈琲のいい香りで起きてみたいものだ。同居人がいたらどんなに楽しいか、時々想像してみたりする。

ボトルに入れた珈琲とサンドイッチを籠に入れ、それを持って外へ出る。屋根の上でご飯を食べる為だ。
屋根には芝生を植えている。外壁の白と屋根の緑のコントラストがお気に入りなのだ。
屋根に上って遠くを見ると次第に頭の中がすっきりして、しまいには何も考えず唯遠くを見つめ、世界と一体化する。
そんな時がまた心地よい。
屋根の上に座ると世界が一望できる。
この家と僕と、それから一面に広がる海しかないこの世界。
ただただ素直に広がるこの海を見ている。
珈琲とサンドイッチの香りをのせて風は向こうへゆく。

サンドイッチを食べ終え珈琲も温くなった頃、遠くの方から何かがやってくるのが見えた。
白鳥だ。
数羽の白鳥がこちらにやって来るのだった。

1羽が屋根に止まるとほかの白鳥も止まった。自分で想像していたよりも大きかった。白い純白の羽はどこか、この家の白と似ていた。
「やあ。」
そう、白鳥は話しかけてきた。
「やあ。」
そう、僕は返事をした。

どうやら意思疎通ができるのはこの1羽だけのようだった。ほかの白鳥は僕には興味がないようで、下に降りて水で遊んでいたり、空にはない風を楽しんでいる。屋根にいるのは僕と、この喋れる白鳥だけだった。
「ここはとても良い場所だ。穏やかで、自然のままそのものがここにある気がするよ。」
「・・・ありがとう。」
久しぶりに誰かと話した上に、これまた久しぶり褒められたので、どう反応していいのか分からない。
「・・・珈琲でも飲む?」
つい、そう言ってしまった。
その白鳥は首を横に振った。苦いものはあまり好みではないようだった。

僕と白鳥は喋っていた。
僕はなぜか、この白鳥のことを知っているような気がした。が、結局思い出せなかった。
「長居をしてしまったようだね。それでは、この先へ行かせてもらうよ。」
「・・・ああ。さようなら。」
その白鳥が一声上げると周りにいた白鳥たちは一斉に飛び立った。向こうの世界へゆく。

この家と僕と、それから一面に広がる海しかないこの世界。
人が生きる世界と地獄とを結ぶ。
どこまでも青い空と遠く広がる海。
ここは天国のように奇麗な、地獄へとつながる場所。

《おしまい》

備考:
高校の時に書いた作品です。

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