
屠龍
森の上に龍が飛んでいる。
綿々と降る雪の中同じところをぐるぐると飛んでいる。
結界があってそこから出られないのか。
「・・・可哀そうに」
そうソウハは思った。森で治癒に使うためのツワブキを探していたら、飛んでいる龍を見つけたのだ。
飛んでいるのは白龍だ。雪が降っていれば紛れて飛べると思ったのか、巣から出てきてしまったらしい。しかし、白龍の角は金色である。光が当たると綺麗に光る。守人から見つかってしまうのは当然である。
屠龍。
それが村での掟であった。どんな龍でも殺すのかと言えば、そうではなく、ただ白い龍のみ殺すのだ。普通の龍が悪い蟲につかれると白くなると言われている。蟲は力を吸い取り、しまいには龍の持つ色をも奪い、脳を喰い、躰を乗っ取る。龍を乗っ取った蟲が暴れ回り、神聖な森や村を壊されないために殺すのであった。その役目を代々守人がしてきた。実際に白龍が村に来たことも何度かあったらしい。
白龍は結界から逃げだそうとして、体当たりで結界にぶつかっている。そのたびに躰に傷を負い、また、龍の声ともならない声が森中に響き渡っていた。
ふいに空中に三人の男が現れた。龍を囲むように並んでいる。
白装束に長刀。守人だ。
三人の守人は同時に刀を構え、呪文を唱えながら龍の躰を切り裂いていった。
鮮血が飛ぶ。
白い鱗がどす黒い赤に染められていく。
守人の白装束には返り血が飛び散っている。
切られながら必死でそこから逃げようとしている龍の姿はまるで踊っているかのようだった。
奇麗だと思った。
突如龍は一人の守人を尾で殴った。それに気を取られた残りの二人にも攻撃をする。龍は結界の弱くなったところ破り、そこから逃げていった。森の今とは反対の方向へと飛んでいった。
ソウハは龍の行った方向へと駆け出していた。
雪は厚く積もっていて走りにくい。
それでも走るのをやめない。やめようとは思わなかった。何故見も知らぬ龍の為に走るのか。自分でもそんなもの知らない。
龍を追って森を走っていくと、広い場所に出た。
そこは泉だった。青い泉はまるで何の生物もいないかのようだった。
そこの泉の端の方に白龍はいた。そこの周りは龍の血で赤く染まっていた。龍は躰の半分を泉につけていた。痛々しかった。死んでいるのか、龍は全く動かなかった。
白龍は龍の中でも群を抜いて美しい。だから、殺された後は解体され市場で売られるのが定石だ。角は祭りのシンボルともいえる冠に使われ、ウロコも一枚一枚剥がされ売られている。この前市に行った時も売っている店をいくつか見つけた。白龍の目は特に美しいとかで、市場に出ることなくそのまま収集家に売却されていると聞いたことがある。また、尾にいたっては皇帝の使う筆になるそうだ。その上今の皇帝はこれの収集家だとかで、最近は守人の仕事も多くなってきている。
何の為に殺しているのか・・・。
白龍のところまであと五歩ぐらいのところまで行くと、龍が唸った。まだ息はある。目は開けていなくとも、振動で誰かが来たことはわかるようだった。
ソウハのことを守人だと思ったのだろう、尾が攻撃しようと動いたが、水を掻き分けただけでそこまでは届かなかった。
攻撃する力は残っていない。それでも龍は威嚇のために唸っていた。
「白龍、僕は敵じゃない。守人じゃない」
そう言って一歩近づくと、
「来るな・・・!」
白龍は叫んだ。こんなに傷ついても言葉には迫力と優艶さがあった。一瞬気圧されたが、それでも二歩、三歩と近づいた。
「僕はあなたの傷を治そうと思ってきたんだ」
「・・・なんだって?」
白龍は目を開け、こちらを見てきた。その目は白濁していた。
「…私はこの目でははっきりとは見えないし、この傷だ。もうじき死ぬ。ほっといてくれ」
「……」
なんとなくだが、白龍は生きることへの執着が薄いように感じられた。しかし、このままただ死んでいくのを見ていくのは絶対に嫌だ。
「ほっといていい訳がない」
「……自由にしろ」
「ありがとう」
ソウハは龍の躰全体が泉に浸かるようにした。自分も一緒に浸かると、首まで水に浸ってしまった。龍の首を自分の肩にのせて儀式を始める。
自分の左手に傷をつけ、血を流す。何事にも代償というのが必要だ。そして呪文を唱える。すると、少しずつ龍の血が引いていった。刀で傷つけられた痕も徐々に消えていった。
「さっきの守人とかゆうやつはなんなんだ」
と白龍が問うてきた。
「…君たちのような白龍を殺すことが仕事の人たちだよ。」
と言って白龍の言い伝えの話を聞かせてやると、龍はそんなものは憑いてなどいないと鼻で笑った。
「人間だってそうじゃないと分かっているさ。ただ自分たちの欲望のための口実さ」
「強欲だな」
「…守人は仕事の時は必ず白装束を着るんだ。龍を倒したときの返り血がよく分かるように着てるって知ったときは、恐ろしかった」
と、その時白龍がまた唸り始めた。ソウハの後方を見据えながら威嚇をし始めた。
守人に見つかったのだ。
ほかの二人も森から出てきた。白龍とソウハを囲むようにして立っている。
三人は同時に弓を構えた。
空気が張り詰める。
放った。
と同時に、龍はソウハを掴み空へと飛んだ。
光芒がさすなか、東の方へ飛んで行った。
後には、泉に波紋が残るだけだった。
***
「…逃げられたな」
そう一人の守り人が言った。
「見りゃわかる。どうやら東の方に逃げたらしいぞ」
ともう一人が言った。
「…龍黄山か」
三人目の守人が言った。
龍黄山。そこは龍の巣くう山。唯一人間が入ることのできない山である。
三人の守人は龍を追うことを諦めて、泉を後にした。
森にはまた雪が降り始めた。
龍の血の跡も雪が覆い隠した。
雪が森全体を包み込み、生をも包み込むようだった。
音のしない白い世界がまた始まっていく。
備考:
高校の時の作品です。