
勇敢な鳩たちの冒険
あるところに大きなおうちがありました。
真っ白なおうちには、沢山の部屋がありました。どれも同じ見た目の部屋です。それぞれの部屋にはベランダがあります。ベランダのタンポポを潮風が揺らします。
素敵なおうちでしたが、そこには誰もいませんでした。
対岸には緑豊かな島がありました。
そこには色んな種類の動物が暮らしていました。動物たちは、一度はあの大きなおうちへ行ってみたいと思っていました。自然に生きる彼らにとって、人工物は珍しかったのです。しかし、彼らは海を泳げません。
ある猿は手先が器用だったので、木の船を作って向こう岸へ行くことを考えました。
仲間にそれを言うと、
「せっかく生えてきた木をそんなことに使うな」
と注意されました。猿は仕方なく諦めました。そして、いつの間にか、その独創的な考えを忘れてしまいました。しかし、猿は毎朝、島の一番高い木に登って、その大きなおうちを眺めました。
あるねずみは仲間からの知恵を借りました。
そして、とある伝説的なねずみの話を参考にしました。タカの背中に乗って、向こうまで行こうと考えたのです。素晴らしいアイデアだと思ったねずみは、誰にも話さずに実行しようと決めました。自分も有名なねずみになれると思いました。
タカは敵でしたが、ねずみは物腰柔らかに接すれば大丈夫だろうと高を括っていました。しかし、タカの巣に近づいたねずみは、襲われてしまいました。
間一髪逃げ帰ったねずみでしたが、尻尾を食べられてしまいました。ねずみは枕を濡らしました。痛みからくる涙なのか、諦めなければいけなかった虚しさからくる涙なのか分かりませんでした。尻尾の包帯がとれた今でも、大きなおうちを見ると、あの痛みを思い出すようです。
2羽の鳩も他の動物たちと同じように、大きなおうちへ行ってみたいと思っていました。2羽は仲間に話してみました。すると、
「鳩の中で誰もそんなことをやったやつはいない。ワシやタカほど大きな羽が無い僕たちが、飛んでいけるはずがないだろう。それに、ここには仲間が沢山いるじゃないか。わざわざ行く必要はないんじゃないか」
と、仲間は口をそろえて言いました。モヤモヤした気持ちが残りましたが、その言葉に納得しました。
しかし、仲間から離れ、2羽だけになった時、必ず大きなおうちの話をしました。そして、やはり大きなおうちが好きなのだということに気付きました。2羽は、自分の素直な気持ちに従うこと、そして、絶対に2羽であの大きなおうちへ行くことを、鳩の羽に誓って約束しました。
2羽のうち、1羽は考えることが得意でした。彼は、仲間以外の動物の意見を聞いてみることを思いつきました。そして、優しいトンビのおじいさんに聞いてみることにしました。
「ああ、そのことか。あの家に行ったことは無いがね、見たことはあるよ。タンポポが生えていたが、他の植物は見当たらなかったし、何の動物もいなかったと思うね。だがね、あれは本当に大きいおうちだよ」
と、トンビのおじいさんは答えてくれました。
「タンポポがあそこまで飛べるということは、もしかしたら僕たちにもできるかもしれない」
「あそこまでの距離は飛んだことが無いよ。私たちにできるだろうか」
「できるさ」
考えることが得意な鳩は不安でしたが、もう1羽の勇気のある鳩に励まされました。
「よし、行こう。風のいい日に出発しよう」
2羽が大きなおうちへ行く日がやってきました。
トンビのおじいさんは、少し離れた木の上から見守っています。
2羽は羽をはばたかせ、飛び立ちました。
森を出て、砂浜が見えました。カニが見上げて手を振っています。2羽の鳩は鳴き声で返事をしました。
海の上空に入ろうとした瞬間、カラスがギャアギャアという鳴き声とともに、ものすごい勢いで追いかけてきました。どうやら、2羽のことが気に入らないようです。
怖くなった2羽は困り果てました。
すると、たくさんの仲間の鳩が森から飛び出してきました。助けに来てくれたのです。仲間は、カラスと2羽の間に入り、守ってくれました。思いもしない助けに、2羽は胸がいっぱいになりました。
2羽は勇気づけられ、再び大きなおうちへ向かいました。
濃い潮風は2羽にとって新鮮でした。下を見ると、底の見えない青い海です。嫌な考えがよぎりましたが、前だけを向いて飛びました。
お喋りな2羽でしたが、今は何も話さずに飛んでいます。
大きなおうちがはっきり見えていくたびに、胸がドキドキしました。
2羽は大きなおうちの前にたどり着き、そして、同時に着地しました。
大きなおうちは思ったよりも巨大で、未知の香りに満ちていました。
今までに感じたことが無いほど疲れていました。来た方を振り返ると、自分たちの島がハッキリと見えました。2羽は緑の島を初めて美しいと思いました。
1羽があるものを発見しました。タンポポです。偶然にも、タンポポの咲いている隣に着地したのでした。
2羽の鳩は、これから大きなおうちの中を探検する楽しみと、タンポポの花が咲くことに、胸を高鳴らせました。
《おしまい》
備考:
大学の時、文芸部と写真部でコラボした展示会がありました。写真部の撮った写真に、文芸部のメンバーが物語や詩などをつけるというものです。その時の作品です。写真はここに載せられませんが、自由に想像してみて下さい。
部誌『新時代のコペルニクス』にも載せました。