見出し画像

金平糖の降るところ 甘くて小さな嘘たち

※ネタバレ多めです

江國香織作品の中では、みんな息を吸うように不倫している。なんかもう、あまりに普通なので、あっこれは不倫の話だ!とか、いちいち思わない。そういう事が言いたいのではない。人が誰かを好きになるという一大事を、ひたすら真摯に描いているだけだ。

私がぶっちぎりで一番大好きなのが、「金平糖の降るところ」という小説だ。
人が誰かを好きになると書いたけど、なんかそんな言葉ではもう全然足りない。
滑稽で未熟で嘘つきな人々が、日本とプエノスアイレスを行き来する。
みんなまともではないんだなと思う。

プエノスアイレスで育った日系人のカリーナ(姉)とミカエラ(妹)は、幼い頃から恋人を共有すると決めていた。男のバカさ加減を証明するために。
レビューを見てみると、この設定がどうしても共感できないという意見が目立つ。共感なんかしなくて良い。だって、みんなまともではないのだから。

カリーナは日本に留学し、達也と出会う。二人は恋人同士になり後に結婚するのだが、カリーナは一年遅れで日本にやってきたミカエラに対して、達也を共有するのだけは拒んだ。 
姉妹で共有できなかった唯一の男。

ミカエラはやんちゃだったので、学生のうちに妊娠し(父親不明)プエノスアイレスへ帰る。シングルで娘を育て、その娘が大学生になった頃に、物語が始まる。

カリーナに一途だった達也だが、結婚してからは不倫ばかり。カリーナもたぶちんという男と不倫関係となり、達也に離婚を切り出してたぶちんとともにプエノスアイレスへ帰る。

私がいつもひえぇ〜となるのは、カリーナはたぶちんよりも、ずっと達也の方が好きなのだ。カリーナだけでなく、みんなに達也の方がいい男だと思われている。たぶちんめっちゃ無念。哀れ。

でも、達也の舌打ちと愛の言葉の違いがわからなくなってしまったカリーナは、もう達也を愛したくないと思ってしまう。
愛したくないから、地球の裏側まで逃げてきた。そこに嘘をつき続ける事が、もう出来なくなってしまったのだ。

みんなに、「達也さんのほうがいい男なのになあ。」と思われながらも、たぶちんとカリーナの繋がりは特別だ。何故なら二人は似た者同士だから。

そして、実はミカエラと達也も似た者同士なのだ。達也はミカエラをずっと、カリーナよりも理解しやすい自分の片割れのように感じていた。ミカエラも、達也の事を、「なんて分かりやすい男だろう」とディスっている。

さて、大学生に成長したミカエラの娘アジェレンだが、なんとミカエラの上司ファクンドと不倫している。
アジェレンは本当にファクンドの事が大好きで、恋に恋する感じ。ファクンドはまあ、ロリコンで本当に嫌なヤツだ。

二人の不倫がばれて、ファクンドは妻に対しては「もう会わない」(当たり前でしょ!!)と言うくせに、アジェレンに対しては「またほとぼり冷めたら会えるよ」的な事を言う。そして実際に隠れてコンタクトを取ろうとする。 
さて、ファクンドが本当に守りたいのはどちらでしょう。

江國香織の「スイート・リトル・ライズ」という小説の中にこのような一節がある。
「人は守りたいものに嘘をつくの。あるいは守ろうとするものに。」

こんな恐ろしい言葉はない。それだけで全てがわかってしまう。スイート・リトル・ライズとは金平糖のようだと思う。甘くて小さな嘘たち。

自分を守るには、小さな嘘をじゃんじゃか降らせないといけない。
それが不倫だったり、愛の逃避行だったり、嘘をつきまくる新婚生活だったりする。ああ、恐ろしや。どんなホラーよりも、この小説は本当に怖い。

金平糖の降る地球上で、まともではない人たちは、今日もまた右往左往する。





いいなと思ったら応援しよう!