?■の国① Ki▲g's B×g
「キング、ダメですよ。こんなところに勝手に来てしまっては」
甲冑を身にまとったある男は、煌びやかな服装をした男の腕を掴んで、息を切らしながら、そう話した。しばらく走り回っていたのであろうか、ひざが少し震え、ぜぇぜぇとした息は落ち着きをなかなか取り戻さない。
「その名で呼ぶのは辞めてくれないか、なんだかむず痒いんだ。いいじゃないか、たまには外に出たって。俺がずっとあそこにいたって仕方がないだろう? 特に何をやる訳でもないんだ。いたっていなくたってそう変わるものではないだろうに」
呼び止められた男は、眉を八の字にしながら男の手を振りほどこうとする。
――そこで突然、見たことのない男が声を挟んできた。
「あの……お取り込み中すみません、ここどこですか? 」
「えっと、どこといわれましても……」
「なんだか、気づいたらここにいて。訳がわからなくて」
***
煌びやかな服を着た男――ブルーニと、ようやく息遣いが落ち着いた甲冑の男――ルナルドは、顔を見合わせた。
「おい、この男は何者だ? 見た所、不思議な服を着ているようだ」
「まったく面識のない男です。身なりを見るに、ただの市民ではなさそうなのですが、かといって貴族でもこのような男も、服も見たことがありません」
自分の問いに答えぬまま、ゴソゴソと話し続けるブルーニとルナルドに痺れを切らした「見知らぬ男」はさらに続けた。
「ここは、どこなんですか? 日本……ですよね? 」
一瞬、沈黙が流れる。
「おい、ルナルド。ニホンという国を聞いたことがあるか? 」
「いえ、ございませぬな。おい、小僧。さっきから何を言っているのだ。やれ『ここはどこだ』だの『ニホン』だの、ちんぷんかんなことばかり言いおって。そうは思いませんか、キング」
「だから、その名で呼ぶのは辞めてくれないか、といっているだろう」
「……まったく、あなたは、ここヒノクニの王子なのです。そしてつい昨日よりあなたはこの国の正式な『王』になられた! この国家、3.7万人のリーダーなのでございます。そうなったからには、私はあなた様のことはキングとお呼びいたしますし、こうして外に出ていることも、咎めない訳にはいかないのです。さぁ、戻りますよ」
ルナルドは、ブルーニの腕を掴み、王宮の方向へと強い力で引っ張った。
「痛いって!!わかった、わかったよ!!戻ればいいんだろう、王宮に」
グッと身を引き、ルナルドの大きな手を引き離したブルーニは、不満そうな顔を続けたまま、王宮の方向へと体を向けた。するとブルーニを見て「見知らぬ男」がぽかんと口を開けているのが見えた。
「はっ、あなたは……」
「ん? なんだ? 俺の顔に何かついているか? 」
「あ、いえ、すみません。僕の友人に似ていたもので。ところで、先ほどここはヒノクニ……と仰っていましたね。ヒノクニ……、あ、火の国? しかし、日本ではないと言っていた、つまりどういうことだ? 」
「見知らぬ男」は会話の途中から、思うところがあったのかボソボソと声を小さくし、下を向き、何かを考えているようだった。
「お前が何を聞きたいのかはサッパリわからんが、確かに、ここはヒノクニという。そして私が、この国のキングだ」
「……はぁ、ちょっと本当に、何が何だか」
困惑し続ける「見知らぬ男」を横目に、ブルーニは眉毛をピクリと動かし、少し口角を上げて、ルナルドに耳打ちをした。
「いいことを思いついたぞ」
「は、何でしょう、キング」
「このままだとこの男は、罪に問われるか? 」
「は、確かに……。不法入国の可能性もございますからね。もしくは多国から何かしらの任を負い、この場所にいるのやもしれません」
「そうか、なら好きにしても構わんだろう」
耳打ちを終えたブルーニは、「見知らぬ男」に顔を向け、こう告げた。
「おい、少年。ちょっと頼みがあるんだが」
「ちょっと今、それどころじゃないのですが……」
「頼みを聞いてくれたら、お前が気になっていることに答えてやろうじゃないか」
「本当ですか? しかし、頼みとはいったい」
「シサルを食べてみてほしい」
「……また知らない単語が出てきた。なんですか、シサルって? 」
「ハハッ、たいしたものではないさ。おいルナルド、そこの店で1匹買ってきてくれ。どんな味なのか、確かめてみたいと思っていたんだ。ちょっとこの男に毒見してもらうとしようではないか」
「また、変なことを言い始めましたなぁ、キング。毒見、というとあなたも少しは食べる気でおられるのですか? あんなゲテモノはキングともあろう方が食べるような代物ではございませんよ? 王宮に帰ればもっと美味しいものが……」
「お前は本当に王宮王宮うるさいな! 俺はシサルが食べてみたいと思っていたのだ。『あんなゲテモノ』って言ったって、見てみろ、すぐそこにだって売られているし、現にさっき見た男はそれを食べていた。王が市民の食を知るのは悪いことではなかろう。ほら、ちょうどこの男もいることだ。この男が食べられないようであれば、私は食べない。問題なく食べられるようであれば、私も食べてみる、ただそれだけのことだ」
「しかし、あんなゲテモノ」
「持ってきてくれさえすれば、俺はまっすぐ王宮に帰る。それでいいだろうが」
「うぅ……。そこまで言うのなら、仕方がありませんねぇ。そこの小僧、ちょっと待っていなさい」
ルナルドはしぶしぶ、シサルの売店へ歩いていき、銅貨3枚を渡して、串に刺された黒色の昆虫を手にし、ブルーニと「見知らぬ男」の元へと戻った。
「おい小僧、これがシサルだ。王の命令だ。一口喰ってみろ……」
「な、なんです、コレ。サソリのような風貌だ……。なぜ僕がこんなものを……」
「王の命令なのです! さぁ、一思いに! 」
そういいルナルドはシサルを「見知らぬ男」の口に乱暴に突っ込み、身を引く間も吐き出す間も与えずに、男の顎をグンと持ち上げ、頭を上から固定し、強制的に咀嚼をさせた。
バギッ、ボキボキ、クチュ、ゴリゴリ、ゴリゴリ、ゴリゴリ……
「うぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「見知らぬ男」は勢いよく“戻した”。そして“ソレ”は勢いを失わぬまま、ブルーニの膝に付着した! ブルーニの膝から下は一気に"それ"に覆われた。臭いと肌で感じるドロドロとした感触がブルーニを襲った瞬間、彼もまた、"戻した”。すぐ近くにあった噴水に。朝に食べたサンドイッチと一緒に。人生最大級に。
「うぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「おい小僧、お前キングになんてことを……! 」
ルナルドが無意識に腰の剣に手をかけたのを見て、ブルーニは手でその続きの動作を妨げた。
「はぁ、はぁ。まてまてルナルド、小僧に罪はない。むしろ一気に無理やり食べさせようとしたお前が、悪いとも言える。はぁ、はぁ。時に少年よ、其方の名前はなんと言う? 」
「……オウマといいます」
「見た所、歳も近そうだ。もし困っているようならば、一度王宮に来てみるか? 今回のお詫びの意も込めて」
「いけませんぞ、キング。そのような……」
「うるさい、私が決めたのだ。して、少年。どうだろうか? 」
「え、えぇ。ほかにできそうなこともないので、ご一緒させてください」
***
ブルーニが“戻した”街のシンボルである噴水――それは前王の就任に合わせて作られた由緒正しいものであった――はその日以来、「キングズバッグ」(王の「ゲロ」袋)と呼ばれるようになった。