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親魏倭王、本を語る その17

【アントニイ・バークリーについて】
アントニイ・バークリーは日本では長く等閑視されてきたミステリー作家で、古くは多重解決ものの古典『毒入りチョコレート事件』と一風変わった倒叙ミステリー『試行錯誤』のほか、フランシス・アイルズ名義の『殺意』ほか数冊しか邦訳されていなかった。
その潮流が変わったのが1990年代で、国書刊行会の叢書「世界探偵小説全集」にバークリーが複数冊収録されたのを契機にその著作のほとんどが邦訳された。それから約20年が経ち、それらが徐々に創元推理文庫に再録されている。このようにバークリーのほとんどの作品が日本語で読めるようになったのは、当時、国書刊行会におられた藤原氏(現藤原編集室)の功績である。
そのバークリーだが、『毒入りチョコレート事件』が多重解決を採用しているうえ、探偵役(しかもシリーズ探偵)に貧乏くじを引かせるなど一癖も二癖もある作品で、『ジャンピング・ジェニィ』や『第二の銃声』もあまり初心者向けではない。どちらかというと、ある程度ミステリーを読み慣れた玄人向けの作品ばかりなのである。
では、バークリーの作品を人に薦めるとすれば何が良いか。Twitterである人にリプしたことがあるが、たぶんデビュー作の『レイトン・コートの謎』がいちばん良いような気がする。

【レ・ファニュのヘッセリウス博士もの】
熱いお茶がおいしい季節になった。
J・S・レ・ファニュの怪奇小説に「緑茶」という作品がある。医師のヘッセリウス博士は、知り合ったある男から、「緑茶」を飲んでから、小猿の幻影に悩まされていると打ち明けられる。その小猿は単に見えているだけだったが、徐々に仕事の邪魔をするようになったという。ヘッセリウス博士はレ・ファニュのシリーズキャラクターで、彼が語る設定の作品として「仇魔」「判事ハーボットル氏」「吸血鬼カーミラ」がある。これらは『吸血鬼カーミラ』に収録されているが、「緑茶」は『怪奇小説傑作集』に収録されたため、シリーズでありながら外されてしまった。
当時の創元推理文庫は、自社編纂のアンソロジー『世界短編傑作集』や『怪奇小説傑作集』に収録した本を、後続の著者別作品集から省く傾向があり、推理小説でも「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」が編まれた際に『世界短編傑作集』で取り上げられた作品は外されている(フットレル「十三号独房の問題」やベイリー「黄色いなめくじ」など)。個人的には、ヘッセリウス博士ものは一冊で読みたかった。 ちなみに、僕が把握しているヘッセリウス博士ものの邦訳は「緑茶」を含めた前述の4篇である。 ちなみに、光文社古典新訳文庫の『カーミラ』には「緑茶」が収録されているが、「仇魔」「判事ハーボットル氏」は省かれた模様。


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