親魏倭王、本を語る その05
【将棋差し人形とエドガー・アラン・ポー】
エドガー・アラン・ポーの作品の一つに「メルツェルの将棋差し」というものがある。取り上げられているのは18世紀に作られたチェスをする自動人形で、19世紀半ばに焼失した。人形は「トルコ人」と呼ばれ、ハンガリーの発明家ケンペレンによって制作され、死後、ドイツの発明家・技術者メルツェルが譲り受けた。
この人形のからくりを推理したのが「メルツェルの将棋差し」で、創元推理文庫の『ポオ小説全集』に収録されているが、短編小説ではなく評論あるいはエッセイと呼んだほうがいい作品である(論文調の書きぶりである)。メルツェルの死後、この人形はポーの主治医であったジョン・ミッチェルが入手しているが、ポーはそれ以前に人形を実見する機会があり、その経験をもとに「メルツェルの将棋差し」を発表したものである。なお、ポーの考察には誤りが多いとされる。
人形のからくりは後にミッチェルの息子のサイラスが論文で明かしている。
【アーサー・コナン・ドイルのSF小説】
アーサー・コナン・ドイルはSF小説もいくつか書いている。そのうちチャレンジャー教授ものはシリーズになっていて、代表作『失われた世界』のほか、『毒ガス帯』『霧の国』がある。
『毒ガス帯』は150ページ弱の中編で、『失われた世界』で一緒に冒険したメンバーが集まり、有毒ガスの帯に包まれる地球の滅びゆく姿を見届けようとする話。この本には短編が2本併録されていて、「地球の悲鳴」はチャレンジャー教授が地球の内部を確かめようとする話、「分解機」はある人物が発明した物質を分解する機械の話である。後者の、ひねりの効いた結末が好きだ。
『霧の国』は晩年のドイルが傾倒していた心霊主義が色濃く出ていて、そうした心霊の存在を肯定する話になっている。これは読んでいてちょっといただけなかった。
【ディケンズの短編と「短編小説の市民権」】
岩波文庫から出ている『ディケンズ短編集』、短編集と言いつつ、長編内の一挿話を抜き出して収録しているものが多いので収録作品の選定にちょっと違和がある。しかし、犯罪小説『追いつめられて』、怪奇小説『信号手』は傑作なので、この2作は多くの人に読んでほしい。
ディケンズの時代、まだ短編小説が市民権を得ていなかったのか、大長編の1章を割いて「挿話」という形で執筆されることが多かったようだ。この辺り、信頼に足る資料に当たれなかったのだが、デュマの『モンテ・クリスト伯』にもそうした様相が見られる。短編小説の社会的地位は、ヨーロッパに先んじてアメリカで確立したようで、エドガー・アラン・ポーはその著作のほとんどが短編小説だし、同時期のナサニエル・ホーソーンも多くの短編小説を書いている。これは、アメリカで雑誌が発達し、読み切り短編小説の需要が増えたことが影響しているようである。