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親魏倭王の小話集(小説編)

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本、主に小説についての小話集。Twitterに投稿した中でツリーを形成する長文ツイートを転載。
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#文学史

親魏倭王、本を語る その10

【泡坂妻夫】 泡坂妻夫は本名を厚川昌男といい、紋章上絵師を生業としながらマジシャンとしても活躍した。それにミステリー作家という顔が加わり、実に三足の草鞋を履いた人だったが、作風はトリックを重視し、それゆえに舞台設定などにはやや無理があった気がする。 短編が多く、亜愛一郎シリーズや曾我佳城シリーズ、宝引の辰シリーズが知られる。 長編で読んだことがあるのは『乱れからくり』だけだが、社会派ミステリーの洗礼を受け、リアリズム寄りの作品が多かった1970年代では珍しく外連味のある舞台設

親魏倭王、本を語る その09

【ウールリッチ=アイリッシュについて】 コーネル・ウールリッチはアメリカのミステリー作家で、追われる者の寂寥感や焦燥感を描かせると右に出るものはいないとされる。詩情あふれる文体で知られ、「サスペンスの詩人」と呼ばれる。日本ではウィリアム・アイリッシュの名で知られるが、コーネル・ウールリッチが本名で、ウィリアム・アイリッシュはペンネームである。この名義で書かれたのが有名な『幻の女』である。他にジョージ・ホプリーというペンネームも用いていて、この名義で『夜は千の目を持つ』を書いて

親魏倭王、本を語る その07

【ホームズもののパスティーシュについて】 アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズは、『ストランド・マガジン』への短編の連載を契機に人気を博し、ドイルの生前からパロディやパスティーシュが多く書かれた。ホームズもののパスティーシュを初めて書いたのはロバート・バーと言われているが、彼もミステリー作家で、『ヴァルモンの勝利』という短編集がある(うち、「健忘症連盟」が別題で江戸川乱歩の『世界短編傑作集』に収録されている)。 パスティーシュではジョン・ディクスン・

親魏倭王、本を語る その06

【ケストナーの大人向けユーモア小説】 ドイツのエーリヒ・ケストナーは『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』などの児童文学で知られるが、大人向けの小説もいくつか書いている。その中で有名なのが、ユーモア三部作と呼ばれる『雪の中の三人男』『消え失せた密画』『一杯の珈琲から』で、創元推理文庫に収録され、前者2冊は入手可能である。 このうち『消え失せた密画』だけ読んだことがあるが、これは古い細密画を巡る保険会社社員と盗賊団の攻防を描いた犯罪小説で、全編をユーモアで彩ったことで独特の味わいを醸し

親魏倭王、本を語る その04

【鮎川哲也の後継者】 鮎川哲也は日本においてクロフツ流のアリバイ崩しを完成させた立役者だが、その後継者と言えるのが津村秀介。津村は一貫して時刻表トリックにこだわった人で、『影の複合』など初期のノンシリーズものはけっこう読みごたえがあるのだが、ルポライター・浦上伸介を主人公とするシリーズものを書き始めるとだんだん展開がパターン化してきた。 鮎川哲也風のアリバイ崩しと言えば、鮎川哲也賞を受賞した石川真介も外せない。鮎川哲也賞受賞作『不連続線』は原稿の枚数規定のため結末部分が不完全

親魏倭王、本を語る その02

【伝奇小説小史】 日本における伝奇小説の祖型は、おそらく曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』と思われる。近代に入ると、岡本綺堂の『小坂部姫』『玉藻前』を筆頭に、国枝史郎や角田喜久雄が伝奇時代小説を次々と発表する。戦前の代表作として吉川英治の『鳴門秘帖』が挙げられる。 戦後、GHQの統制下で一時的に時代小説が書けなくなるが、その統制が終わると柴田錬三郎らが意欲的に伝奇時代小説を執筆する。都築道夫『魔界風雲録』、司馬遼太郎『梟の城』、藤沢周平『闇の傀儡師』などが昭和の代表作として挙げら