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親魏倭王の小話集(小説編)

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本、主に小説についての小話集。Twitterに投稿した中でツリーを形成する長文ツイートを転載。
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#読書録

親魏倭王、本を語る:特別編(お気に入り短編ミステリー紹介)

最近、と言ってもかれこれ7年くらい小説から離れているのだが(読書自体は続けている)、学生時代から正職採用されるまでの約10年間に読んだ中で、割と気に入っている短編ミステリーを少し挙げてみる。 共通の主人公が登場するシリーズ短編が好きなので、ちょっと偏りがあるのは承知している。 「5つのプレゼント」乾くるみ 『六つの手掛り』所収。チャップリンそっくりな探偵役・林茶父(サブ)が活躍する連作の一編で、プレゼントの小箱による爆殺事件が探偵役の回想として語られる。収録作すべてがロジッ

親魏倭王、本を語る:特別編(『ルパン対ホームズ』について)

モーリス・ルブランの『ルパン対ホームズ』は「金髪の婦人」「ユダヤのランプ」の2編からなる作品集であるが、「金髪の婦人」はほぼ長編といっていい分量があり、「ユダヤのランプ」は便宜上2章に分割されているが、分量的には短編である。 本書では、『怪盗紳士ルパン』所収の「遅かりしシャーロック・ホームズ」にチラッと登場したシャーロック・ホームズが本格的に登場し、ルパンと対決する。ただ、これはコナン・ドイルの了解を得ず勝手にルブランがホームズのキャラを使ったもので、先の「遅かりしシャーロ

親魏倭王、本を語る その18

【シリーズの終え方】 アガサ・クリスティーは、自分の没後に発表することを条件に、ポアロものとミス・マープルものの最終巻を早い段階で書き上げ、出版社に預けていた。それが『カーテン』と『スリーピング・マーダー』である。前者はクリスティーの生前に発表されたが、その翌年にクリスティーは亡くなる。生前に発表した、事実上の最後の作品は、確かトミー&タペンスが主人公の『運命の裏木戸』だったと思う。 『カーテン』はポアロシリーズの幕引きを企図して描かれたもので、作中で描かれるポアロの死も含め

親魏倭王、本を語る その13

【『ボウ町の怪事件』】 イズレイル・ザングウィルの『ボウ町の怪事件』は、ハヤカワミステリ文庫版は『ビッグ・ボウの殺人』と訳されているが、これでは内容がよくわからないので、個人的には東京創元社の世界推理小説全集に収録された際の『ボウ町の怪事件』のほうがタイトルとしてしっくりくると思っている(確かに「ビッグ・ボウ」と表記されているが、これは「ボウ町の大事件」と訳すべき気がする)。 これは世界最古の密室ものなのだが、なぜかよく存在を忘れられ、ガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』では

親魏倭王、本を語る その09

【ウールリッチ=アイリッシュについて】 コーネル・ウールリッチはアメリカのミステリー作家で、追われる者の寂寥感や焦燥感を描かせると右に出るものはいないとされる。詩情あふれる文体で知られ、「サスペンスの詩人」と呼ばれる。日本ではウィリアム・アイリッシュの名で知られるが、コーネル・ウールリッチが本名で、ウィリアム・アイリッシュはペンネームである。この名義で書かれたのが有名な『幻の女』である。他にジョージ・ホプリーというペンネームも用いていて、この名義で『夜は千の目を持つ』を書いて

親魏倭王、本を語る その01

【『天保図録』と護持院ヶ原の仇討】 松本清張に『天保図録』という天保の改革の顛末を描いた歴史小説の大作がある。昔、角川文庫から刊行されていて、上中下の3巻構成、いずれも500ページを超える大長編だった。現在は春陽文庫から再刊されている。 この中に「護持院ヶ原の仇討」という事件の顛末が載っていて、奉行所の検視報告が引用されている。これは幕臣で剣術師範の井上伝兵衛とその弟で松山藩士だった熊倉伝之丞を本条辰輔が殺害した(金銭トラブルとも言われる)ことに対する報復で、伝之丞の子・伝十