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親魏倭王の小話集(小説編)

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本、主に小説についての小話集。Twitterに投稿した中でツリーを形成する長文ツイートを転載。
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#推理小説

親魏倭王、本を語る その29

【三毛猫ホームズの先輩】 赤川次郎氏が『三毛猫ホームズの推理』を刊行するのに約10年先行して、アメリカでリリアン・J・ブラウン氏が猫を探偵役にした『猫は手がかりを読む』を刊行している。僕の記憶が正しければ1966年の刊行だったと思うが、売れ行きが良くなかったらしく、10年以上続編が出せなかったという。 『三毛猫ホームズの推理』に先行する作品だが、日本で訳出されたのは1988年で、赤川氏はこれを参考にすることはできず、全くのオリジナルとして猫探偵ホームズを生み出したことになる。

親魏倭王、本を語る その27

【スペイン岬の謎】 『スペイン岬の謎』は、エラリー・クイーンの国名シリーズの掉尾を飾る1冊である。一般に、この後『二ホンかしどりの謎』が書かれているとされるが、これは『境界の扉』というタイトルで刊行されていて、雑誌連載時は“The Japanese Fan Mystery”というタイトルだったと言われているが、どうも誤りらしい。 この『スペイン岬の謎』が国名シリーズで最初に読んだ1冊なのだが、代表作である『オランダ靴の謎』『ギリシア棺の謎』『エジプト十字架の謎』などと比較する

親魏倭王、本を語る その25

【ミス・マープルについて】 アガサ・クリスティーは何人かのシリーズ探偵を持っていたが、メインはやはりエルキュール・ポアロである。その彼に準ずる地位を獲得したといえるのはやはりミス・マープルであろう。 『予告殺人』旧版の田村隆一氏の解説だったと思うが、当時、クリスティーには多くのファンレターが届いていたが、「ポアロをもっと活躍させてほしい」という要望とともに、「ミス・マープルものをもっと書いてくれ」という要望もあったという。 ミス・マープルはクリスティーの祖母がモデルになってい

親魏倭王、本を語る その24

【本格vs.社会派という不自然な対立】 「社会派推理小説」の先駆となった松本清張は、推理小説に社会小説の要素を取り入れたが、『点と線』で時刻表トリックを使っていることからわかる通り、比較的トリックを多用する作家だった。 よく「本格vs社会派」という対立構図を目にするが、これは変な対置のしかたで、本格は推理小説の形式、社会派は推理小説の内容に基づく呼び方だ(と自分は認識している)から、対立関係にはなり得ないと思うのである。松本清張の推理小説(特に『点と線』)を形式で分類するなら

親魏倭王、本を語る その23

【ゴシック小説と推理小説】 ゴシック小説が推理小説に与えた影響は「秘密が暴かれる」というゴシック小説のストーリー展開(のひとつ)だけでなく、その舞台設定にもあると思う。それが舞台設定で、いかにも何か秘密がありそうという城館が舞台になるのもその一つだと思う。また、上流家庭内の軋轢から事件が発生する展開もゴシック小説的だと思う。 ゴシック小説的な要素を色濃く受け継いでいるのが、たぶんディクスン・カーだと思う。彼の『髑髏城』『魔女の隠れ家』『曲った蝶番』などはそうしたゴシック趣味が

親魏倭王、本を語る その21

【江戸川乱歩賞受賞作についての雑感】 今までに読んだ江戸川乱歩賞受賞作でおもしろかったのが、 『13階段』高野和明 『脳男』首藤瓜於 『連鎖』真保裕一 『放課後』東野圭吾 『写楽殺人事件』高橋克彦 『プリズン・トリック』遠藤武文 『翳りゆく夏』赤井三尋 あたりである。 1990年代以降は社会性の強い作品が多くなり、格段に読み応えがあるものが増えたが、反面、テーマや内容が重くなり、読んでいて疲れることも増えた。2000年以降の受賞作で最高傑作だと思っているのが『13階

親魏倭王、本を語る その20

【アンリ・バンコランについて】 アンリ・バンコランはジョン・ディクスン・カーが創造したシリーズ探偵で、パリの予審判事である。プロデビュー作の『夜歩く』をはじめとする5つの長編と5つの中短編に登場する。 犯罪者に対して容赦ないことから、悪魔メフィストフェレスに例えられるが、引退後は「かかし」に例えられるほど温厚になっている(『四つの兇器』)。ギデオン・フェル博士のシリーズの1冊『死時計』で彼が言及されており、世界観が繋がっていることがわかる。 ただ、ちょっとソースが思い出せない

親魏倭王、本を語る その12

【江戸川乱歩の傑作集について】 江戸川乱歩の短編のうち、狭義のミステリーの代表作は「二銭銅貨」「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」の4編だと思うが、乱歩の作品集で最も纏まっていると思われる東京創元社『日本探偵小説全集』は「D坂の殺人事件」が欠けている。 乱歩の傑作集は多く出ているが、狭義のミステリー作品が纏められているものは意外と少なく、僕が目を通した中では新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』が上記4編を纏めて収録していてよかった。併録されている「二癈人」もミステリーと

親魏倭王、本を語る その10

【泡坂妻夫】 泡坂妻夫は本名を厚川昌男といい、紋章上絵師を生業としながらマジシャンとしても活躍した。それにミステリー作家という顔が加わり、実に三足の草鞋を履いた人だったが、作風はトリックを重視し、それゆえに舞台設定などにはやや無理があった気がする。 短編が多く、亜愛一郎シリーズや曾我佳城シリーズ、宝引の辰シリーズが知られる。 長編で読んだことがあるのは『乱れからくり』だけだが、社会派ミステリーの洗礼を受け、リアリズム寄りの作品が多かった1970年代では珍しく外連味のある舞台設