第55回: お酒の勢いで (May.2020)

 6週間の実績を踏まえ、追加2週間のLockdown 3.0に突入。州境やモール・娯楽施設は閉ざされたままだが現在進行形のHotspot以外は緑・橙・赤の指定に従う限り大方の事業の再開が認められた。日中は市民の移動もほぼ自由になったから、地図の色分けを見直しつつ、今後も4.0、5.0と何等か制限を伴う生活が続くことだろう。

 Ver.3.0アップデートの一番の目玉は酒屋の再開。前日の夕刻、歩道を塞いで山積みされた鉄パイプや麻縄と労働者の集団に遭遇し、今度はどこで工事が始まるのかと思って見ていた。翌朝通り掛かると酒屋の入り口から見事な誘導柵 (檻?) が延び、中に男衆が詰まっている。どこの酒屋も長蛇の列、決まって傍らにフェイスシールドに棒を携えた警官が控える。人が集まる処に騒ぎはつきもの、行列中の小競り合いや何だかんだ理由を付けた横入りの抑止には有効だ。すっかり街の風景となった商店前の白い升や丸印には、前夜からサンダル、ヘルメット、水筒を代理に残して順番を確保する徹夜組も出たというから、一月半ぶりの再開はどれだけの大事か。全国一斉朝9時の開店後、昼過ぎには早くも千鳥足になり、道端で腹を出して大の字に寝そべる大虎も報じられた。“アジア最大” を謳う近所の酒屋も再開初日はRs.4 Cr. (6千万円) を売り上げたという。

 当地Bengaluruを州都とする人口7千万のKarnatakaは初日45 Cr. (6.5億円)、2日目182 Cr. (26億円)、3日目231 Cr. (33億円) の酒類売上というのが当局発表。酒税は州予算の1割超に上るそうだから政府にとっても再開は出口戦略の優先課題。未だ飲食店・パブの再開は許されないが、6週分相当700 Cr. (1百億円) の税収減を補うべく、6%の酒税に11%のコロナ加算が通達された。他州ではMRP (標準売価) が7割増しになった例もあるというから、お上も “お酒の勢い” を借りた挽回策に躍起だ。

 我が家の備蓄も底が見え、数時間の行列を覚悟して2日目の開店時間に最寄りの酒屋を訪ねた。流石に震える手で薄汚れた空き瓶を差し出す常連客の姿はないが、数百ルピーを握り占めた男衆が既に30名ほど。店の入り口を塞ぐよう置かれたカウンター越しに数十円の飲み切りパックを2つ3つずつ、大切に抱えて帰っていく。炎天下に晒されながら待つこと暫し、すると顔馴染みの店主と警官が隣の妻に向かって柵を出ろ、と。数十名の行列に唯一の異性、何事かと思えばLady’s laneがあるという。2桁は多い客単価を期待してかカウンターをずらし店内まで招き入れ、いつも通り店内を物色して当面を凌げるだけを確保した。持ち切れない瓶の数を心配していると、二輪に同乗しての無料即配までサービスしてくれた。

 Lockdown 1.0開始当初、州政府は6月から始まる小中学校の次年度学費徴収を禁じた。主に寄付で成り立つ貧困層向けGovernment School以外、毎月の固定収入が約された使用人など “庶民” は私立校に通わせる。彼ら彼女らの “勤務先” である外国人・海外帰りが住むGated Communityは早々に出勤停止となり、失職の危機に怯えつつ自宅待機を始めた頃。彼ら彼女らに通勤の足を供して日銭を稼ぐリキシャ運転手も同様だ。が、お酒の勢いはここでの不都合な真実も炙り出す。ある校長は “もし店の前で数えれば、4割の生徒の親は学費が払えないと言いながらも酒を買っているはずだ” と。

 解禁4日を経て、短くなったとはいえ未だ行列の絶えない酒屋前だが、だいぶ棚も寂しくなってきた。店内在庫がなくなり次第、次の入荷予定まで3週間は店も閉めるという。さぁここから、と意気込んだところで、なかなかその勢いが続かないのも当地の常だ。Ver.4.0を待たずともいつ何時、再び軟禁生活に戻されるか、未だ予断を許さないのも事実。今度はカフェインを代替燃料に胡麻化さなくても済むよう、目一杯、仕入れておかねば。

 プレコロ (Pre-Corona) からの生活インフラである宅配事業者が酒を扱い始めるという報道も度々目にする。お酒の勢いで新たな挑戦を始められる日もそう遠くはないか。

 (ご意見・ご感想・ご要望をお寄せください)

いいなと思ったら応援しよう!