第70回: 路傍の花 (Jun.2021)

 相次ぐサイクロンの影響もありまとまった雨が降る季節を経て、マンゴーの最盛期。黄緑赤紫の丸いのや平たいのや尖ったのが大中小とりどり、スーパーには毎週新たな香りと姿が現れる。地元の品種が一巡したかと思えば、国内の遠い地方からも続々と棚を賑やかし飽きることがない。隣家の料理番が篭いっぱいのマンゴーを持ってきて、喜んで受け取ったら今度は大ぶりの波羅蜜。暫くして再びマンゴー、と近所からも “今獲れ果実” が届く。よく手入れされたお屋敷の庭の、片隅の小屋に越して数か月。自宅で過ごす時間が長いから尚更、青空とたっぷりの緑と花と池の借景に加えて、新鮮なアボカドやココナツや果物までついてくるとは嬉しい限り。改めてここで “実” を得るには、紹介者・仲介人が鍵であることを実感する。

 数か月前に自然保護区で覚えた珍鳥の声が植え込みから聞こえ、尻尾をまだうまく振れない枝の上のリスと目が合い、夜に眠れないほどの大合唱を響かせる金色ガマガエルが昼に池を泳ぐのを白頭鷲が狙う姿もある。1キロと離れない旧宅では牛と羊と鶏と猿と小鳥が楽しませてくれたが、ここはまた生態系が違いそうだ。

 週明けからは “不要不急の出歩き" も時間制限付きで認められるそう。現にここ数週間、朝10時までの営業許可時間帯に圧倒的に増えているのは買い物姿に見えない人々。ネオンカラーのウェアにスニーカーの男女や数人のグループが、歩くとも走るともつかないスピードで談笑しながら行き交っている。接種済みなのか口元が自由な者も少なくないが、向いから誰かが来れば道の反対に渡って擦れ違いの距離を取ったり、顎下の布切れをひょいと持ち上げる、くらいのマナーは弁えている。

 歩道が出来て路肩が拡がり、車線が引かれて一方通行化されてもなお、慢性的な飽和状態にあった都心も交通量が激減、基本設計の古い街にはちょうど良い水準になった。しかしそれ故に、勝手なルール変更も進んでいる模様。警察車両や緊急車両が大通りを逆走するのを見て以来、二輪も三輪も四輪も大型も、日を追うごとに空いた一方通行を堂々逆走する車が増え、今や一通出口にも減速なしで突っ込んでくる。上下水電気通信の地中化に掘り返した道が何か月もそのままだったり、通行止めの高架道路がジョギング・ウォーキング天国と化しているなら、道を走る車の向きなど誤差の範囲、ということか。

 ここ半年ほどで再舗装された都心部は、スポーツ自転車も明らかに増えた。早朝の幹線道路を本気モードで走る隊列は、数年前から週末にはお馴染みの風景になっていた。老舗の朝食スポットには、百万円超のロードレーサーから大径MTB、最新デザインの電動車、ローカルブランドのスポーツ「型」車まで見本市さながら。2018年に国連が設定したというWorld Bicycle DayにはSNSも盛り上がったが、他方、整備や補修を安心して任せられる先は乏しい。部品も設備も技術もなく、“知人の知人” を頼るかJUGAADで済ませているのが実態であろう。当地で珍しがられる我がミニベロはチューブの替えがない。

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 一時期、連日40万人を越えた当地の感染報告数は落ち着いたが、日本社会では帰国者やら変異株やらを付した “インド” がカレー以上に話題の様子。日本企業にも駐在員にもインドは未だ島流し先か特攻先か、出社が叶わないのに居残りを強いられる駐在員が、和食の備蓄も尽きて政府に帰国手配を訴える悲痛な姿も報じられる。

 そんな中、突如Stage IVの知らせから3か月、「来年、世の中が落ち着いたら会いましょう」と見舞いに戻るのも拒まれる内に、オンライン看取りとリモート焼香を済ませることになった。静かに穏やかに、自分のやり方を貫いた本人がそう言うのだから、素直に従うのが親孝行だろう。

 子らはベッド上の教室で丸々一学年を終え、一歩も外に出ない内に服も靴も入らなくなった。家族で散歩ができるようになったら、道端の花でも摘んで手向けよう。

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