第4回: “IT大国”の実像 (Oct.2018)

 一般的な日本人が “インド” と聞いてカレー、タージマハルの次くらいに連想するのが “IT” ではないかと思う。当地のIT産業は、伝統的な身分制度に縛られない新たな就業機会として、またY2Kに際したグローバル需要の受け皿となったことを契機として、基幹産業に育ったと聞く。

 だが、インドに身を置き生活を送る者として “IT大国にいる" ことを実感することは稀だ。キャンパスと称されるグローバルIT企業を訪ねればその巨大さに驚かされるが、ここでの日常が “スマートでカッコイイIT社会” とは信じ難い。インドは何故に "IT大国" と呼ばれるのか、その背景・実像を考えてみたい。 

 視点は二つ。一つ目は "キャンパス" にも代表される “世界のIT工場” としての圧倒的な規模だ。数千・数万の技術者を抱えて行政システム・都市インフラから、一般企業・工場内のERP、はたまたWebやスマホアプリ、IoTの組み込みソフトまで、いわゆる “ITシステム” を開発する企業は無数にある。世界的に拡大の一途にあるデジタル化、豊富な人材供給力、今なお世界的に最安値水準にあるコストを踏まえれば、インドが引き続きIT大国であり続けるのは間違いないだろうが、その実態は人海戦術だ。AIやAnalyticsといっても、誰かが定義したInput/ Outputの間でひたすらロジックを紡いでいるのがIT工場のプログラマーたちだ。

 従って、IT工場の内情はインドらしさが満載だ。日本人の感覚からすれば行き当たりばったり同然の甘すぎる作業計画、良くも悪くも言われたことを言われた通りに進める現場、巨大組織の上意下達の中で責任逃れに終始する中間管理職、現場が積み上げた努力を意に介さず突如180度の方針転換を宣言する経営陣、等々。

 システム開発をしようとする際、日本企業はまず1を開発し、次に2を、そして3を、と順を追って確実に、一歩一歩固めていく手法を好む。他方でインド企業は “10を創る” と定めれば、1・3・5・8・10と最短距離でゴールを目指す。いったん10に至って初めて、“あ、2が抜けてた” とか、“やっぱり6もあった方がいいかな” という思考回路が生まれる。日本人がいくら “順を追って” と口を酸っぱくしたところで、彼らは常に無手勝流。その時その環境下でどの道がよりゴールに近いかしか関心がない。インドのIT企業が日本企業に提案する場面に同席したことがある。“成果物は分かった。では、どのようなプロセス、スケジュールで開発を進めるつもりか?” という日本側の問いに対して、インド人経営者が “そんなことは今、聞くな。私だって知らない”  と回答して仰天したことがある。ゴールと期限を定めたら、あとは任せれば何とかなる・何とかする、という。正にJUGAADだ。

 二つ目の視点は、スタートアップによる “IT大国” だ。既に移動、買い物、支払い等、生活の欠かせない手段となっているものを含め、スマートフォンを起点とした消費者向けサービスが次々に登場している。

 だがしかし、いざ使おうとした際の誤作動や通信エラー、“アプリの裏側” で動くサービスの品質、何度話しても一向に解決しないヘルプデスク等、アプリを使うのが便利なのか手間を増やしているのか、疑わしいケースも少なくない。

 社会に課題が多いからこそ、これを解決しようとするスタートアップが日々現れる。類似のサービスが多いのも、その問題が共通の課題として存在し解決に情熱を燃やす起業家がそれだけいる、ということに他ならない。“アプリの裏側” で人が担う役割や取り巻く環境、避けようのない物理的障害の全てが必ずしもITで解決できるわけでもない。手元のスマホと得意のプログラミングで少しでも生活環境を良くしたい、というJUGAADの現れが、スタートアップとしてのIT大国なのだろうと理解している。

 豊富なIT人材を基礎にJUGAADで社会変革に挑むインドと、日本はどのような関係を築けるであろうか。 

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