見出し画像

「張り込みにはパンと牛乳をSecond④」

「和宏のこと、玲子はどう思っている?私はね、今は一緒にいなくてもいいから、お互い好きなことをして、良い経験も苦い思いもたくさんして、歳をとって、お互い時間ができた頃にゆっくり一緒に過ごせたらいいなって思っているの。
きっと、これからお互い知らない間に何かを背負ってしまうと思うし、お互いのその責任のような重荷のようなものが、相手を縛ってしまうこともあるでしょ。
和宏の意志の強さやバランス感覚は、きっと、人が絶望の淵から落ちないよう、人を希望に導くためのものだから、多くの人のために使ってもらいたいの」

大学時代の同期の『さつき』と、和さんこと『木下和宏』のことについて話し合った記憶が蘇る。


私たち3人はバイト先が同じ銀座ということもあって、一緒にいる時間が多かった。私が失敗して落ち込んでいるときは、いつも和さんとさつきが励ましてくれた。その後、さつきは銀座の夜の世界に身を投じ、今はクラブのママをしているが、二十歳そこらの大学生の割には少々大人びた考えを持っていたと思う。


私はその後、色々あって海外を旅することを選んだが、心の中には和さんとさつきがいつもいた。思うように前に進めずに嘆いた時も、二人の顔を思い浮かべては涙を拭いた。
二人は大学の同期であり、兄弟のようであり、父と母のようであり、そして愛する2人だった。

二人を好きという気持ちが私を自然と前に進ませてくれた。

辛いときも、悲しいときも、会えばそれだけで全てが良い方に向かうと確信した。
二人は考えや意志の強さがとても似ていたし、それは私とは違うことも理解していた。

和さんは刑事になり、さつきは夜の世界のママになった。


理由は少し違うが、結局、私もさつきと同じ、和さんとの距離感を保つ道を選んだ。

そして無駄に陽気で明るいイギリス人の『ディーン』と結婚し、『聖也』が生まれた。その必要が私にはあったからだ。






「さつき?さつき?!」


さつきからの電話の後ろで、何かが爆発したような音が聞こえている。
様子を伺おうとするも、受話器の向こうの喧騒が彼女の声をかき消している。



「さつき?!どうしたの?!大丈夫?!」



「玲子さん、さつきはどこにいると言っていますか?」
和さんが、かすれた声でさつきの安否を確認してきた。



何度か彼女の名前を呼んだが、しばらく返事は無かった。その間も電話の向こうから、人の悲鳴や大きな音が聞こえ続けている。




「ああ、玲子、ごめんね。今、有楽町駅から銀座に向かっていたのだけど、駅のホームで何か爆発があったみたいで、たくさん人が出てきたのよ」
しばらくして電話の向こうからさつきの声が聞こえてきた。さつきの声が微かに震えている。



「さつき、和宏だ。今から聖也とそっちに向かうから、どこか見晴らしの良い安全な場所に移動するんだ、分かったな」


「和ちゃん、分かったわ、ありがとう」



「玲子さん、私と聖也は有楽町に向かいます。ディーン、お前は玲子さんと一緒にいてくれ。頼んだぞ」


「父さん、母さんを頼んだよ」


「分かった、二人とも気をつけて」


和さんと聖也は有楽町に向かうパトカーに乗り込み、サイレンとともに消えて行った。




「さつき、大丈夫かしら。この事件は、あなたの言っていた事件と関連はありそうなの?」

この出来事とディーンの調べている事件に、何か関連があるように私の勘は働いた。


「分かりません。詳しいことは言えないが、情報を確認する時間は必要です。玲子さん、私も銀座の方に向かいますが、もしかしたらあなたの力が必要になるかもしれません。少々危険ではありますが、一緒に向かってもらえますか?」

いつになく真面目な顔つきで、あの人が私にそう言った。


「分かったわ。行きましょう。少しでも聖也や和さん、さつきや皆さんの力になれるなら」



私たちのいる東京駅八重洲口から銀座方面の有楽町駅まで約10分。

夜ということもあって、出歩いている人の数は多くはないが、銀座付近の飲食店に通う人たちへの影響は大きいように予測ができた。何よりお酒の力も手伝って、騒ぎや混乱が大きくなるような予感もした。


案の定、日本橋3丁目から銀座通り口までの15号線も、現場に向かうパトカーや消防車と、逃げようとするタクシーが入り乱れて動けなくなるほど混雑していた。



「こっちの道の方が早いかも」

銀座でバイトしていた地の利がこんなところで生かされるなんて思ってもいなかったが、今はそんなことを言っていられるほどの余裕は無かった。



「玲子さん、ちょっと待ってください。もしかしてこれは・・・」

逃げ惑う人の波に揉まれながら、有楽町駅に近づいたとき、ディーンが何かに気がついて立ち止まった。
そして、その瞬間、大きな爆発音と炎が上がるのが駅の向こうの方に見えた。


「玲子さん、これは僕の推測が正しいとすると、私たちが向かうのはこっちではありません」


「え、どこに行けばいいの?!」




「目指すは駅の西側。国会議事堂、首相官邸の方です」








つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?