「張り込みにはパンと牛乳をSecond⑥」
〜前回までのあらすじ〜
ベテラン刑事の「和さん」こと「木下和宏」は若手刑事の「丸山聖也」とコンビを組み、日夜、張り込み現場で事件の容疑者となる人物を見張っていた。そこに差し入れを持って度々現れる過保護な聖也の母「丸山玲子」。玲子は和宏、そして現在は銀座のクラブでママを務める「さつき」と大学時代に苦楽を共にした仲であり、また、聖也の父「ディーン・マッケイ」、和宏の前妻「高山つかさ」も同じような関係性であった。
普段は、張り込み現場特有の生温かい空気感を出して、実力を隠していた和宏であったが、今回は有楽町駅で起きた爆破事件に巻き込まれ、その真の実力を発揮することになるのだが…
新たな登場人物「カルロス」は一体何者なのか?その目的は?
登場人物の不可解な行動により、事件は迷宮入りを見せている…
午前7時の岡山県倉敷市。
「東京でなんか分からんけど事件があったらしいね。梨奈が巻き込まれていないといいのだけど、どうなのかしら?まあ、和宏さんが近くにいるから心配いらないとは思うけど。和宏さんが解決してくれればいいわね」
「お母さん、梨奈は大丈夫。事件の起きた時間は家にいて影響はなかったって。和宏はどうかしら、あの人はやるときはやるけど、あまり期待しない方が…」
「つかさ、あなたと別れたことになったとは言え、和宏さんは梨奈の父親であることには変わりなはないのだから、少しは認めてあげないさい。あなたも嫌いで別れたわけではないのでしょ?」
「………」
「テレビのニュースを見てみましょう。あら、これこれ、昨日の事件について放送しているわよ」
『これより、昨晩のJR有楽町駅で起きた事件について、警視庁より会見が行われるようです』
「え〜、昨晩、東京都千代田区のJR有楽町駅で起きた爆破事件について、現在分かっている情報について、再発防止と市民の皆さんのご協力を要請したく、お知らせいたします。この事件について爆発による被害や損害は出ておりませんが、この騒ぎの影響を受けてJR有楽町駅のホームから逃げる利用者の方々による階段での事故が相次ぎ、200名ほどの負傷者が出ており、パニックによる第2次、第3次の事故が目的であったという線で捜査を開始しております。犯行の手口はシンプルかつ大胆であり、特定の犯人像はまだ見つかっておりません。昨日、近隣の駅で不審者を目撃者された方がおりましたら、最寄りの警察署、または交番までお知らせください」
「あらら、つかさ、噂をすればアレは和宏さんじゃないの?」
「そうね、なんだか、柄にもなくかしこまっているわね。あの人がいるってことは、この事件は難解なものと警察も判断しているようね。後で連絡してみるわ。玲子にも」
― 同日午前9時:東京千代田区霞ヶ関・警視庁前 ―
「やっと日本に到着したと思ったら、すでに事件が起こってしまっているとは…。やはりギルバートの言う通りディーンと一緒に来れば良かったです。これでは美味しい日本食も観光する時間も、事件が解決するまでお預けさ」
穏やかさと、どこか陽気さを感じさせるスペイン人のカルロスがそう言った。
「カルロスに会うのも久しぶりね。確か前に会ったのはロンドンのパブで、あなたがベロンベロンに酔っ払ってディーンと迎えに行った時ぶりかしら。あれから少しはお酒は強くなったのかしら?」
「玲子さん、あの時の僕とは違いますよ。まあ、お酒自体は強くならないのですが、勢いやノリで飲んでしまうなんてことはもうありません。大人になったのさ」
「あら、そうなのね。それじゃ、事件が解決したら飲み比べしましょうよ」
「いいですよ。ところでディーンは今はどこにいますか?」
「ディーンは警視庁で会議しているわよ。聖也も一緒にね」
「おお、ついにディーンと聖也が一緒に事件の捜査をするのですね。きっと、玲子さんの元で聖也も立派な警察官になったのでしょう。会うのが楽しみです」
「後で私も行くわ」
カルロスはディーンの相棒として、ロンドン警視庁に勤務している優秀な刑事で、私がロンドンに居た時に意気投合した人間の一人。優しい口調とは裏腹に、人の気にしているところをズバズバ突いてくるところもあるが、その陽気さとフォローの上手さで損はしていない。思慮深く、むしろ、彼と話すことで気持ちが軽くなることもある不思議な人間だ。
私は重苦しい空気を放つ、霞ヶ関から少し離れた銀座と新橋の方に足を運んだ。そこから浜離宮の方に向かいながら汐留の交差点に差し掛かったとき、後ろの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「玲子、玲子」
振り返るとそこには昨日の有楽町駅の事件に巻き込まれた「さつき」が立っていた。
「あら、さつき。もう、本当に良かったわ、あなたに会えて。少し気分転換をしたくて、あなたとの待ち合わせの前に浜離宮に行こうと思っていたの」
「そうだったの、なら一緒に少し歩きしょう。昨日は本当にびっくりしたけど、あなたもあなたで大変だったようね。和宏と聖也くん、それにディーンと一緒だったらそれこそ事件に巻き込まれたんじゃないの?」
「そうなのよ。結局、警視庁まで行って、事件が終わるまでお手伝いすることになったのよ。聖也とディーンが一緒に働く姿を見るのは、感慨深いものがあるけど、聖也が遠いところに行ってしまいそうで、なんだか複雑でもあるわ。子離れのタイミングなのかもしれないわね」
「そうね、あなた、少し過保護なところがあるから、いい機会かもしれないわね。まあ、和宏と一緒なら聖也くんは大丈夫だと思うけど」
「そうね、いくつになっても、私たちが学生時代にこの街で走り回って働いていた頃と変わらず、和さんは頼りになるわ。しばらくはディーンも日本にいることになったし、騒々しい日が続きそう。たまには息抜きであなたのお店に行かせてもらうわ」
「いいわよ。なんならお店に出てもらおうかしら。バイト代は弾むわ(笑)」
「あら、だったら着物着て、ママみたいになろうかしら(笑)」
さつきといると、ついつい学生時代の頃に戻ってしまい、くだらないことで話を膨らませてしまうが、それでも今日は気分を晴らすには十分すぎる話だった。私が事件の捜査を協力するにあたり、いくつかの条件があった。
さつきをはじめ、友人知人に危険が迫らないように、何かあった際は安否確認と安全を優先してもらうこと。他にも条件はあったが、それらは大したことではなかった。
私が警視庁に戻ると、ディーンとカルロスの姿が見当たらなかった。
「聖ちゃん、ディーンとカルロスはどこに行ったの?」
「あ、父さんとカルロスは、別行動で調査に出たんだ。お互いの情報を共有すると言うことで。そもそも、テロ事件の調査で日本に来ていたし、その路線で調査しながら有楽町駅事件との接点を探っていくことになったよ」
「そうなの。あの二人、日本で大丈夫かしら?ディーンはともかくカルロスの性格だと、ただただ目立ってしょうがないんじゃないかしら。どちらも天然と言えば天然だし」
「まあ、そこら辺はスコットランドヤードのベテラン刑事なんだから、上手くやると思うよ。むしろあの二人が刑事なんて思わないじゃないかな?」
「そう言われればそうね。何も起きなきゃいいけど…」
私のこの時の不安は、後々大当たりすることになる。
― 同日午後1時:東京駅周辺 ―
「おー、ここが日本の中心・トウキョウ駅か!実物はなかなか立派じゃないですか。駅オタクとしては一度は訪れてみたいなもの聖地ですよ」
「カルロス、遊びできている訳じゃないんだぞ」
「すみません、トウキョウ駅一度来てみたかったので、とても感激してしまってつい」
「カルロ〜ス、君の気持ちも分からなくはないけど。初めて日本に来たときは、私も同じようなものだった。行く街の全て新鮮で、新宿・渋谷・池袋・銀座・吉祥寺…、大きなメジャーな街から、浅草・千駄木・御徒町・月島・下北沢のような個性のある街、それと東中野のような緩いが穏やかな街まで様々訪れたものだよ」
「ディーンもそうでしたか。日本は建築物や文化も素晴らしいですが、何よりアニメが素晴らしい作品が多いです。アメリカ映画のような単純な王道ものではなく、複雑に絡み合う螺旋状のストーリが素晴らしい。ディーンも「進撃の巨人」くらいは知っているでしょう?」
「ああ、進撃の巨人くらいは知っているよ。それで言うなら「ワールドトリガー」が一番私は好きだよ。あれが好きな人はかなりのタクティスオタク、戦術家だな」
「分かります。あれが好きな人は監督か軍師の素質があると思います」
「おいおい、アニメの話はこれくらいにして、調査の方に専念するぞ」
「ディーン、分かりましたよ。この続きは帰ってからにしましょう」
彼らが霞ヶ関の警視庁に戻ってきたのは午後10時を回っていた。
カルロスがやけに興奮した様子で、和さんと聖ちゃんに話しかけていた。
「カルロス、それは本当かい?それが本当なら、和さん、これは大変なことになりますよ」
「カルロス、本当にあの男に会ったんだな?あの男が日本にいたんだな?」
「はい、顔を見かけただけですが、間違いありません。あの禍々しい雰囲気は間違いなく、あの男です!」
つづく
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