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有給休暇の爆弾スンドゥブ
何かしらアウトプットする趣味を持ちたい、と思いnoteに日記をつけるようにしようと思う。
と言っても、何か書きたいと思うことがあった日限定で。
※取り留めのない日常の話のため、稚拙な文章をご容赦ください。
今週の月曜日、有給休暇を取った日のこと。
その日は役所に行く訳でも、病院に行く訳でも、免許証更新に行く訳でもなく、ただ平日に休みたかった。この季節に平日休みがあると、なんだか「夏休み」感があって嬉しい気分になるので。
早く寝ようが遅く寝ようが、普段の土日は翌朝11時までベッドでゴロゴロしてしまう体に鞭打ち、その日は10時に家を出た。(これでも早い)
隣町のスーパー銭湯に朝から行くミッションだ。デカい風呂に入りたかった。
通勤ラッシュの時間帯から少し落ち着いて、年齢不詳の人達にまぎれ電車に乗る。
9月というのに熱中症アラートの通知が来るカンカン照りの中、風呂のために15分ほど歩く。前日風呂に入っていなかったので、いらつきや疲れなどで早く風呂に入って寝てえ、と日傘の下で悶々と考えていた。
久しぶりに見えた大きな暖簾をくぐり、下駄箱にスニーカーを預け、温かいフローリングを靴下で感じながら券売機に並ぶ。
私の前にはすでに4人の老若男女がチケットを買うため並んでおり、世の中には土日に働いている人がたくさんいるという当たり前のことを思い直す。
女湯の暖簾をくぐった先にはさらに幅広い年齢の人がロッカー前で身支度をしていた。ほとんどが1人で来ていたが、おそらく友達同士の二人組や三人組もいた。すでに顔を真っ赤にさせ、扇風機の前から動かない(動けない?)人も(大丈夫?)。
予想以上に人がいるものだから、自分がいつも働いているこの時間帯にこんなに風呂に浸かっている人がいることに非日常と平日を感じ、たったそれだけでも休んだ甲斐があったと思う。
肝心の風呂だが、銭湯自体が久しぶりで妙に緊張していたせいかあまり長居はできなかった。というか、お湯自体が熱くてのぼせるのが怖くなり、ジャグジーや露天風呂を転々として去った。
サウナ、入った瞬間に「死」を感じるんだが。熱波が口と鼻と顔全体を覆った瞬間呼吸ができなくなり「あ、このままじゃ死ぬ」と本能で死を感じる。
あそこに平気で居続ける婆さん達、凄すぎるだろう。年配の人は熱を感じにくいって本当だと思う。
とはいえ、久しぶりの大浴場は楽しく、一番高い位置から燦々と差し込む日の光の明るさに身も心も当てられて健やかだった。
ただサウナは「死」の近くにあるのでやめたほうが良いと思う。
すっぴんに日焼け止めだけ塗り、足取り軽くフードコートを通り、お昼を食べて帰ることにした。
EIGHT-JAMで米津玄師が最近海鮮スンドゥブチゲを食べている話を観たばかりで、私もスンドゥブチゲを食べたい口だったので、注文した。
このスンドゥブチゲが凄まじく、まず石焼鍋がちょっとした風呂桶くらいある。溶岩のように赤いスープがグツグツと煮立っている。辛味を覆うような香ばしいごま油の匂いだけで、添えられた白米が食べ切れそうだった。
そしてめちゃくちゃ重かった。
この重さ、徹夜明けだったら自席に持っていく体力がギリギリ足りず、床に落としていたことだろう。
スーパーのスンドゥブや韓国料理屋でも何度か食べたことがあるが、そのどれにも当てはまらないコクがあった。こんなにごま油が効いていて大丈夫?と思うくらいのごま油の風味。豚肉と卵とアサリとネギと、色んな食材が入っているのにすべての出汁が調和していて、美味かった。豆腐は多分一丁は入っていた。
最初は食べながら、米津玄師は白米とか食べなそうだな、と偏見を抱いたり、周りと同じようにフードコートのテレビのワイドショーに耳を傾けてあれこれ考えていたが、段々とその音も遠のくほど余裕がなくなってきた。
腹がはち切れそうや。
巨大な石焼鍋はいよいよ冷めることなくスンドゥブを温め続け、食べ切る頃には風呂で流す前ほど汗をかき、意識朦朧としていた。
時間はあっという間に14時。帰りがてら近くの服屋や雑貨屋に寄ろうかと思っていたのだが、お腹いっぱいすぎて何も考えられずすぐ帰路につき、日付けが変わるギリギリまで寝た。
久しぶり入浴体験を凌駕し、サウナより「至り」をもたらした爆弾のようなスンドゥブチゲによって私の有給休暇は終了した。
・久しぶりに文章を書いたらやたらと時間がかかった。
・あれもこれもと、もっと書きたいトピックがあったが、それを書くためには情報の断捨離をしないとなと思う。
・丁度最近上司に「情報が多くなりがちだから、要らないものや無駄なものを潔く消す勇気が大事」と言われたばかりだ。
・今、その言葉に心から「せやね」と思う。