やまもとりえは2人いるーー『うちらはマブダチseason2』発売記念インタビュー
故郷・鹿児島から出てきた関西で通った美大、そこでできた個性豊かな仲間たちとの友情を描き大反響を呼んだコミックエッセイ『うちらはマブダチ』発売から約1年。満を持しての第2巻『うちらはマブダチseason2』が刊行されました。
やまもとりえさんといえば、子育てコミックエッセイ『今日のヒヨくん』でデビューし、その後も『Aさんの場合。』や『ねこでよければ』など、同世代の女性が共感できる、かわいくほっこりした作風をイメージする読者が多いかもしれません。
一方で、近年はセミフィクション(題材や形式はエッセイふうのフィクション漫画)にも果敢に挑戦し、『わたしは家族がわからない』『わたしが誰だかわかりましたか?』『望まれて生まれてきたあなたへ』といった、一筋縄ではいかない登場人物たちの人生模様を描く作品を相次いで刊行。それらの作品には、「しばらく読み進めるまで、自分の知っているやまもとりえさんの作品だとは気づかなかった」「ゆるくかわいい作風のイメージを持っていたので、あまりのシリアスさに驚いた」といった感想が多く寄せられています。
果たしてどちらが「本当のやまもとりえ」なのか? A面/B面ともいえる作風の違いに迫るべく、やまもとりえさんに話を聞きました。
ーー今回は「やまもとりえは2人いる」というテーマで、やまもとさんの作品の魅力に迫っていければと思います。
やまもとりえ(以下 やまもと) わたしは2人いる…!
ーー新刊『うちらはマブダチseason2』の話の前に、今年4/1に発売された『望まれて生まれてきたあなたへ』について聞かせてください。
今作は、新生児遺体遺棄事件という悲しい事件の犯人が、幼い頃に親しかった友人だった、という場面から始まる「のぞみ」と「まどか」という2人の女性の物語です。やまもとさんは過去に「セミフィクション」と銘打って『わたしは家族がわからない』『わたしが誰だかわかりましたか?』という2作品を描かれてますが、今作はどんな思いで執筆されたんでしょうか?
やまもと 『望まれて生まれてきたあなたへ』は過去のセミフィクション2作品と比べて、物語として描くのではなく、見聞きしたものをそのまま伝えるような感覚で描かせてもらいました。
ーー「見聞きしたものをそのまま伝えるような感覚」って面白いですね。もう少し詳しく伺えますか?
やまもと 実際に見聞きした話ではもちろんないのですが、なるべくのぞみとまどかが本当に体験した話として描きたかったので、山場を作ったり構成を考えたりはしないように気をつけてました。それが良いかどうかは別として、登場人物の気持ちをこんなに考えたのは初めてかもしれません。本当の友達のことを考えるみたいに「この時のぞみちゃんはどう思ったかな…」と考える時間が他の作品よりも長かったです。
ーーなるほど、物語の展開や構成で見せていくのではなく、のぞみとまどかという2人の人物の人生を想像して、彼女たちに起きたことをそのまま描く、みたいなイメージでしょうか。
やまもと そう、それです。のぞみとまどかの人生をそのまま切り取って描かせてもらうイメージです。
ーーそういう描き方は、他の作品でやったことはありますか?『Aさんの場合。』や『ねこでよければ』の描き方ともまた違う挑戦だったのでしょうか?
やまもと こういった描き方は初めてです。『Aさんの場合。』は、最初と最後だけ決めていて、その間を埋める形で、AさんとBさんの2人がどう過ごしたかを考えながら描きました。初めて描いた漫画だったので描き方がわからず、モノローグに挿絵をつける感覚で描いてました。
ーーなるほど。『ねこでよければ』はどういう感覚ですか?
やまもと 『ねこでよければ』は1話完結なので、最初にオチというか、言いたいことを決めて、そのためには登場人物にどう動いてもらったらいいかを考えながら描いてました。なので、「登場人物が何を考えてるか」より、「私が何を伝えたいか」の方が前に出てたかもしれません。どっちがいいとかではなくて、描き方の違いなんですが。
やまもと あ、待てよ。でも『Aさんの場合。』は『望まれて生まれてきたあなたへ』に少し近いかもしれません。AさんもBさんも私に近い部分があるんですけど、それと同じでのぞみとまどかも私に近い部分があるから。
ーー作品によって描き方を意識的に選んでるということがよくわかりました。『望まれて生まれてきたあなたへ』を「物語として描くのではなく、見聞きしたものをそのまま伝えるような感覚で描こう」と思った理由はなんでしょう? やはりテーマ的な問題でしょうか?
やまもと そうですね…テーマ的にこのような描き方にしました。どこからどこまでが本当の話かわからないほうが「実際にこういう子がいるのかも」と思いやすいかなって。
ーー『望まれて生まれてきたあなたへ』のあとがきには、こう書いてあります。
ーー執筆に入る前の気持ちをもう少し教えていただけますか?
やまもと 『うちらはマブダチ』はなるべくテンション高めにして振り切った状態で描いてるんで、それとほぼ同時に『望まれて生まれてきたあなたへ』を描くとなって、なんていうか、こう、「イェーイ!アホだよ〜!」から「シーン……私は凪…」みたいな気持ちに持っていくのに苦労しました。……伝わりますか?
ーーなるほど、それは風邪ひきそうですね。『望まれて生まれてきたあなたへ』のテーマについては、どう思いましたか?
やまもと テーマは「子どもの間の格差」ですよね。最初に企画をいただいた時「子どもたちの教育格差や経済格差についてどう思いますか?」と山﨑さんから聞かれて、正直言うと最初はピンときてなくて、タワマン文学みたいなのは私には描けないしなぁと思ってました。
ーーピンときてなかったですよね。「産まれたばかりの赤ちゃんを埋めてしまった事件の犯人が友人だった。そこから、友人との思い出を振り返っていく」というシナリオについては、どう思いましたか?
やまもと そのシナリオをいただいて「あ、それなら描けるかも!」と思いました。「格差あるある」みたいなのは私にはわからないけど、「格差がある2人の女の子の物語」なら想像できるから。
ーー「格差がある2人の女の子の物語」を描くとなったとき、ご自身の経験や今まで出会ってきた周りの人のことが浮かんだりはしましたか?
やまもと 浮かびました。小学校の同級生たちのことを思い出しました。一度思い出してからは次から次に思い出が飛び出してきて止まらなくなって、「おもひでぽろぽろ」状態でした。その中でも1番仲良かった女の子のことを思い出すと胸が痛くなったので、その気持ちを大切にして描こうと思いました。
ーーそういう同級生や友達に対して抱いていた気持ちというのは、たとえばどういうものだったのか、少しだけ教えていただけますか?
やまもと んー…抱いていた気持ち…。あの頃は見えたものをそのまま受け取ってましたから「ガキ大将は暴力的で苦手」とか「優しい子は好き」とか単純でした。でも、今振り返ると後悔ばかりです。暴力的な男の子の家の前を通ると、いつも母親の怒鳴り声が聞こえてたし、知的障害があった子がいじめられてた時「大丈夫?」って声かけたら「うるせー」って言われて、それだけでムッとして「じゃあもう知らん」と言ってしまったり、とにかく無知な子供だったなって、そんなことばかり思い出しました。
ーーめちゃくちゃわかります…。今の自分として、子どもの頃のクラスメイトと再会したいなっていつも考えてます。
やまもと 今の自分であの頃のクラスメイトに会いたいって、すごくすごくわかります。
ーーやまもとさんは鹿児島のご出身ですよね。小さい頃、小学生の時の環境とか友人関係はどんな感じでしたか?
やまもと 私のいた小学校は海の目の前で、本当にのどかで静かな環境でした。私はかなり自由に育てられてたので、学校の帰りに1人で海岸で寝てたり、知らない人の家で麦茶をもらったりしてました。今思うと恐ろしいです。
友人関係でいうと、特に仲の良かった友人とは、帰り道に漫画を一緒に読んだり、交換日記みたいな感じで交換漫画を描いたりしてました。友人の描く漫画が毎回すごく面白くて、線はシャララーっと軽く描いてる感じがオシャレだし、タイトルも「ある日…」とか渋いのつけてくるから、「天才や」と思って尊敬してました。
ーー友達との交換漫画っていいですね。『うちらはマブダチ』にもつながっていきそうな話ですが、その頃から絵を描く仕事をしたいなって思ったりしてたんでしょうか? 友人と将来の夢とか話したことありますか?
やまもと あの頃は、漫画家になりたかったけど、無理だろうなと思って諦めてました。でも絵を描く仕事には就きたいなと思ってました。その交換漫画をしていた友人とは夢の話はしたことないですね。その子の夢を聞いてみたかったです。
あと、幼馴染が地元の大きな病院の院長の娘で、その子の家には漫画がたくさんあったので、そこで読んだ漫画が私の好みを作ったと思ってます。ちなみに『望まれて~』の主人公で医者の娘のまどかはお母さんが厳しかったけど、その子の両親はめちゃくちゃ優しかったです。
ーー『望まれて生まれてきたあなたへ』のあとがきでは、「優秀だったのに進学しなかったあの子」にも触れられていましたが、当時、あるいは今振り返ってどんなふうに思いますか?
やまもと 私の住んでた地域にも、みんな同じ公立中に進むなか中学受験する子がいて、「中学を??受験するの??」と驚いた記憶があります。高校受験の前には、東京出身の友人が「受験に備えて鹿児島市内に引っ越すの」と言ってたり(鹿児島市が1番都会なので)、親御さんの意識が違ったんだろうなーと思います。中学受験した子も、高校受験のために引っ越した子も、おうちは経済的に余裕があって。
一方で「勉強なんかする奴はアホや」と言われて育ってた子も私の周りではたくさんいたと思います。「勉強なんてする奴はアホや」というのは「学歴なんてなんの腹の足しにもならない」という余裕のなさからくる発言なんだと思います。たぶん。
ーー具体的な作品の話も聞きたいのですが、『望まれて生まれてきたあなたへ』で好きな場面はどこですか?
やまもと まどかがのぞみをカフェに行こうと誘いにくるシーンです。のぞみの嬉しい気持ちが痛いほどわかるから。「自分の人生の中で1番キラキラしてる、アイドルみたいな子が、また会いにきてくれた!」というイメージです。
ーー一方のまどかは、どんな気持ちでのぞみを誘いに来たのだと思いますか?
やまもと 「なんとなく思い出したから」かなと思います。親友というわりに、自分が楽しいときはのぞみのことを忘れがちなまどかです。
ーーリアルな理由ですね。普段は思い出さないのに、ちょっと退屈したり落ち込んだりしたときにふと思い出す人っていますよね。
さて、無理やりインタビューのテーマと繋げていきますが、ハイテンションで描く『うちらはマブダチ』(=やまもとりえA面)と、凪の気持ちで描く『望まれて生まれてきたあなたへ』(=やまもとりえB面)が、両方とも友情を描いている点はすごく興味深いと思います。やまもとさんにとって、友達というのは例えばどんな存在でしょうか?
やまもと 良い時ばかりじゃなくて、つらい時にも一緒にいてくれる人たち、ですかね。向こうには何の得もないのに、私と一緒にいてくれる人たち。……どんな存在かを何かに例えようと考えてみたけど、何にも思いつかないので「ビフィズス菌」とかにしときます。
ーービフィズス菌?
やまもと 私の中の悪いものをやっつけてくれる存在です。おかげでダークサイドに落ちなくてすんでます。
ーーなるほど。ちなみに、やまもとさんのなかにある悪い部分を意識的に作品に反映させることもありますか?
やまもと ありますね…あんまり言いたくないけど(笑)
ーーでは、「やまもとりえA面」である『うちらはマブダチ』を描くときの手順や意識についても改めて教えてください。
やまもと 手順は、思い出したエピソードをiPadでササっと描くだけです。たまに「イラ語辞典」(※卓球部が仲間内で使っている言葉をまとめた手作りの辞典)を読みながら、「これの詳細覚えてる?」って卓球部のグループラインに聞いたりもしてます。コッペの記憶力がすごいので、信頼してます。
ーー描く時に意識していることは?
やまもと 意識は…「意識低い系」を心がけてます。「褒められたい」「怒られたくない」という気持ちが1番の敵です。とはいえ、みんなの身を守るのも私の役目だと思ってるので、なるべく炎上は避けたい。
ーー「自分なりの友達感を出そう」とか「友達っぽさを描きたい」とか、そういう意識はあんまりないですか?
やまもと そういう意識はあまりないですね。あったことをそのまま描いて、それを読者さんがそれぞれのフィルターを通して感じとってくださっているので、読者さんの感受性の方が素晴らしいのではないかと最近は思っています。
ーー制作スケジュール的には、『望まれて生まれてきたあなたへ』の原稿を描きながら、SNSでは『うちらはマブダチ』の投稿もされていたと思いますが、ご自身では2つの作品を全然違う気持ちというか、違う姿勢で描いてたのでしょうか?
やまもと 『うちらはマブダチ』は気持ちが外向きで、『望まれて生まれてきたあなたへ』は内向き、という感じがします。私の外側にある出来事を書き留めるのと、内側の心の部分を描く感じ…伝わります?
ーーとてもわかる気がします。外向きと内向きの作品を並行して描くことは、バランスを取るのが難しい作業なのでしょうか? それとも逆に、バランスが取れてやりやすい、みたいな感覚もあるものですか?
やまもと とてもバランスがとれてやりやすいです。両作品の気持ちの切り替えが難しいとは言ったけど、ずーっと同じような作品を続ける方が私には難しい気がします。例えば、優しい物語ばかり描いてたら「攻撃的な自分」が可哀想になってきます。
ーーやまもとさんのなかに、かなりはっきり「性格の異なる自分」が存在するんですね。そういえば『わたしは家族がわからない』や『わたしが誰だかわかりましたか?』を出した際には、「私が知ってるやまもとりえさんと同じ人が描いた作品だと思わなかった」みたいな読者の感想もありました。作品によって読者が違うなとか、寄せられる感想の違いとかは普段何か意識されたりますか?
やまもと 「私が知ってるやまもとりえさんと同じ人が描いた作品だと思わなかった」はすごく嬉しい感想でした! 私のところに届く感想はフォロワーさんのものが大半なので、「作品によって読者が違うな」とはあまり感じませんが、反応は違いを感じます。『わたしは家族がわからない』では普段の私の投稿(その頃は育児マンガがメインでした)との差に戸惑ってる人もいましたが、『わたしが誰だかわかりましたか?』では作者の私と作品を切り離して読んでくださる方が増えた気がしています。それが本当に嬉しいです。
ーー作者と作品を切り離して読んでもらえることが嬉しいのは、これまでエッセイ漫画を仕事の中心にされてきたからでしょうか? そこへのプレッシャーみたいなものはありましたか?
やまもと そうですね…エッセイ漫画は私そのものだけど、「創作漫画はまた別のもの」というのは、漫画を読み慣れた人ならすんなり切り替えられると思うのですが、そういう人ばかりではないので…。例えば、育児マンガでは言葉遣いに気をつけながら描いていましたが、創作漫画では登場人物に合わせてあえて乱暴な言い方をさせることもあるじゃないですか、その辺を「わかってくれるかな…」と思いながら描いてました。
ーーなるほど。
やまもと でも私、いちばん新しい『うちらはマブダチseason2』が17冊目の本なんですが、よく考えたらコミックエッセイはこれを入れて5冊しか出してないんですよね。
ーー!? ほんとだ!!! やまもとさんといえばコミックエッセイのイメージなのに、実は純粋なエッセイ漫画は5冊だけなんですね…。
やまもと そうなんですよ。私も自分のことコミックエッセイストなのではと勘違いしはじめてたのですが、おこがましかった…。どこからどこまでがコミックエッセイなのかわからないけど、日記をそのまま本にしたのは5冊だけです。
ーーコミックエッセイの王道テーマである、一人暮らし、料理、片付け、ダイエット、節約、旅行、食べ歩き…みたいなテーマの本も、意外と描いてなかったんですね。
やまもと そういうのは、ほら、ちゃんとした人しか描けないから…。
ーー「やまもとりえA面」に仕事に含まれると思いますが、依頼があれば描けそうなテーマもありますか?
やまもと 料理とダイエットと節約以外なら、描けるかも…?
<了>