『反骨の公務員、町をみがく』故きを温ね新しきを知る
どの分野にも領域にも、先人の積み重ねた努力や科学的な発見がある。決して華やかではない公務員の仕事にも、いぶし銀のように輝くストーリーが存在する。愛媛県内子町にも過疎化や高齢化が盛んに叫ばれる前から、現場で熱く奮闘し、冷静な目で地元の未来を考えてきた1人の公務員、岡田文淑がいた。
1940年生まれ、内子町にある子どもに恵まれなかった一家に養子として出された。高校を卒業後、地元の郵便局に臨時職員として勤めはしたが、仕事に魅力を感じず、すぐに退職。たままた公務員の試験を受け、合格。今でこそ、羨望の職である公務員だが、当時は銀行・電力・郵便局はおろか、農家よりも人気も給与も少ない職種だった。村に残らざるを得ない旧家の長男やぼんぼん、縁故採用がほとんどのなかで、岡田は試験採用第一号だった。
仕事はそこそこに組合の活動に熱中していたが、30歳のとき、新設された観光係に配属となった。能力を期待されての移動ではなく、左遷である。そこから、岡田による町並み保存活動がスタートした。まずは全国にいた先人たちにアドバイスを求めて、全国津々浦々をポケットマネーで旅して、各地の豪傑や有識者の話に耳を傾け、街を見て歩いた。民俗学者の宮本常一にもアドバイスを求めたが、真っ正面から冷や水を浴びせられた。
差別的な言葉に発奮して、むしろ励ましだと勘違いした岡田だったが、実際に町に入って、一軒一軒、説得工作のために歩き回って、民度の低さに驚いたという。しかし、住民側にも言い分がある。町並みを整備すれば、規制により、自分の意に添った修理、修景、増改築を含めたいっさいの行為ができなくなる。高度成長の最中で、メディアで喧伝される新しいライフスタイルへの憧れが刷り込まれ、自分の生活をよりよくしたいという住民の強い期待があった。また、全国の自治体は町並み保存よりも、山を崩し敷地造成することで企業や工場誘致を競い合っていた。スクラップ・アンド・ビルドが町づくりの基本として考えられ、町並み保存には強い逆風が吹いていた。
しかし、情熱を持って取り組み、「あなたが担当なら信用する、よしわかった」と言ってもらえる公務員を目指して、地道に説得を続けた。町並み保存に関心が強い首長を担ぎだしての選挙、写真コンテストの企画や研究会をスタートさせるなど、トップからもボトムからもアプローチを続けた結果、1982年、全国で18番目の重要伝統的建物群保存地区に選定された。
数年後、当初に予想通り観光客が徐々に増えてきたが、そこでも数々の利害の衝突があった。ツアーの一環で通過するだけで地域にお金を落とさない旅行代理店との折衝、観光のために町並みを残してほしい食堂や旅館と実際に住んで手入れをする人の利害調整、既存不適格を中心に建築基準法を振りかざすお役人との戦いなど四面楚歌の状況を一つ一つ切り抜けてきた。
しかし、あくまでも公務員である。突然町並みの担当を外され、部署異動。しかし、部署は頻繁に変われど、そのときどきに町の未来を切り開くために必要だと岡田が信じたことを実現していく。大正時代に町の有志によって建設された歌舞伎劇場の内子座もその一つだ。岡田が保存事業に取り組む前は、外観はまるでお化け屋敷、回り舞台は壊され、花道は会議室となっていた。さらに、時代はハコモノ行政全盛期、文化ホールを作ることが地域振興の目玉であり、これまた岡田にとって強い逆風が吹いていた。だけど、ここでもあの手この手を使って住民を巻き込み説得し、復元を成し遂げる。今では年間3万人が足を運び、町民の誇りになっている。
住民の側にたちつづけた公務員として、岡田には大切にしていた信念があった。それは“二足の草鞋をはくこと”だ。役場の制度の中でしか動けない公務員としての立場だけでなく、人間として信頼を地域から得るために、時間を惜しまず、身銭をきることもいとわなかった。
だが、身を粉にして目の前の仕事に取り組んでも、常に報われるわけではない、メディアや大学教授からは評価された実績も、役所や地元からは冷ややかな目で見られ、批判の対象になることもあった。希望を持ち続けたとしても、叶うかどうかはわからないし、それを継承してくれる人がいるとも限らない。退職後に日本各地でアドバイザーとして活動したのち、再び内子で仕事を開始したが、現場には岡田が大切にした「心」は引き継がれていなかった。
話の聞き役は、地域づくりの酸いも甘いも知る雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集人を務めた森まゆみ。公務員という立場を最大限活かして、町にとって本当に実現すべき未来を考え尽くした岡田のことは、どうしても本にしなければならないと強い意志で取り組んだ。自身の経験と主張を交えながら、鋭い突っ込みで話をリードする。著者との信頼関係があるからこそ引き出された本音、きれいごと抜きのぶっちゃけ話の連続である。
岡田は42年間の公務員生活を振り返り、「これほど幸福な職業はそうない」、だけど「僕のやったことがいいとも思っていない」と言う。本当に純朴でまじめすぎる。
町づくり、地域づくりに関わるすべての人におすすめしたい一冊だ。
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