『共感する人』
よりよく生きたいと願う私たちの前に、自然と周囲が薦めるのは、内観することである。その起源は二〇〇〇年以上前に遡る。ソクラテスは、賢く心豊かに生きるための最善の道は「汝自身を知れ」であると忠告した。現代では、マインドフルネス、禅、ある種の神秘主義のように、己の心に深く沈み込むように瞑想し、悟りの境地をひらいて充足することが流行している。
それに対して、疑いの目を向けていた詩人がいた。
誰か。ゲーテである。自分自身に閉じこもるのではなく、自分を取り囲む殻から一歩踏み出して、自身のものと異なる人びとの生活や文化について学び、他者の世界観とまなざしで世界を捉え直してみることで、自分自身を知ることができると考えた。要するに、旅に出ることを薦めているのだ。
21世紀の時代に、よりよく生きるためにやったほうがいいことは、自分自身を見つめることだろうか、それとも旅に出ることだろうか。
この普遍的な問いを深めていく前に、著者による21世紀という時代の分析を知っておくのがいいだろう。現代は自分の心の内側ばかりを意識して内観の沼にはまっている。だから、もっと外の世界に目を向け、他人の立場になって行動することで、双方のよいバランスを見出そうと提案する。内観を意味するイントロスペクションの対義語としてアウトロスペクション(外観)という用語を生み出し、アウトロスペクションの時代への転換にもっとも求められているのが、共感だと断言する。すぐには納得しがたいところがある提案であり、そのような読者の反応をわかってか、共感についての考えを補足する。
まず、私たちが共感にもっているイメージはふわふわした心地のよい感情で、日常の親切な心遣いや、優しい感受性をもって接することのよう柔らかなものだ。しかし、著者が考える共感は大きな力を備えた理念であり、根源的な人間関係の革命である。実は、この共感の解説は序章の1ページ目に突如紹介される。あれ、どぎつい新興宗教の本を選んでしまったのかと、後悔の念に駆られた。しかし、次のページをめくった瞬間、「共感」を体感させる気の利いたメタファーに、心が囚われてしまった。
外観することと共感をつなげる見事な表現である。紹介はあえてここまでにして、続きは本の中で。