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素晴らしきキャリア断絶実記
9時から17時まで外回り、事務仕事は出社前か終業後にこなして、20時か21時頃におじさんたちと残業飯、土日にゴルフも入ってくる。そんな働き方以外の働き方をしてみたい。と、常々思っていた。
これは私が新卒で入った食品添加物メーカーで営業さんとして働いていた時の話。
最終製品が発売されれば、店頭で手に取って、ここに私の売った製品が入っている、と毎回感動したものだ。やりがいや夢でいっぱいだった。
しかし給与は一向に上がらなかった。
ライバルの多い業界で少しでも顧客に好印象を与えようと身綺麗に保つ。それにはお金がかかる。それを差し引くと実家暮らしでないと生きていけないような給与だった。
仕事により拘束される時間が長い上、なかなか実家を出られない。
それでも、ただただ自分が関わった新製品が世に出るという体験が毎回私を突き動かした。
しばらくして夫の海外転勤と出産のために職を離れた。
異国ブラジルの地で始まった初めての子育て。
子育てそのものや治安への心配は大変なものであったが、それよりも重く恐ろしかったのがキャリア断絶に対する恐怖だった。
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赤子との日々は渦中の者には永遠に感じられる。過ぎ去ってしまえば愛おしく、一瞬に思えるのだが。この子が私の手を離れる頃には私はかなり年老いてしまっているのではないかと錯覚する。
もうその頃には誰も雇ってくれない。
そもそもあんなに一生懸命取り組んでいたけど、前職で得られたスキルってなんだ?
食品添加物に関するマニアックな知識と、独特なトークセンス?
そんなもので誰かが雇ってくれるのだろうか?
絶望を感じていた。
その赤子は今年7歳になる。第二子も生まれた。
7年ほど育児中心の生活をしていたので、生活観はガラリと変わった。
育児、家事については相変わらず私が主担当として責任を持って遂行する。
こどもの体調不良にはいち早く勘付き、ケアして寄り添う。平日にゆったりと公園や好きな習い事に連れて行き、充実した日々を提供する。
その上で、スキマ時間に社会と繋がりたい。
家族以外の役に立ちたい。
ぴったりのアルバイトが見つかった。
勤務時間自由、ベンチャー企業にて、在宅の事務仕事。
私の持ち味は一切活かされないが、なんとか頑張ろうと奮闘しているところだ。
始めてみると、前職時代は「営業手当」を免罪符に無視され続けていた事務仕事の数々にちゃんと時給が支払われることに驚く。
服も化粧も特別綺麗でなく普通でよく、都内の高いランチも食べないのでそこまで働くためのコストもかからない。
通勤がないことで心に余裕を持って家事もこなせる。
小さな会社の事務仕事なので、会社全体の業務が見える。この経験はもしかしたら夫或いは私が起業した場合に役立つかもしれない。
そもそもおじさんが牛耳ってる会社と、ベンチャー企業はだいぶ社風が違う。セクハラパワハラなど存在せず、居心地がいい。
実は前職から復帰のオファーもあり、シミュレーションしたのだが、3歳以下の第二子を預けて時短で復職する場合、保育費用が高いこともあり、ほとんど給与は手元に残らないようだった。
今のアルバイトの場合、ほとんど子どもたちを預けずに出来てしまうので、手元に残る給与の面でも優っている。
就職せずにバイトで繋いでいると指摘されれば、その通りかも知れない。
実際はキャリア断絶によって失ったのは、上場企業で出世する未来のみだと感じている。
絶望していたけれど、断絶したからこそ自由になったのは間違いない。自分の生活の選び直しをできたことは貴重だった。
こどもたちは毎日変わっていく。成長していく。変わりゆくこどもたちとの時間を大切にしたい。それは私にとって上場企業で偉くなることより大事なことだ。
今一番大切だと感じることを優先したい。
駐在帯同先のブラジル的マインドが意外と自分には染みているのかも知れない。
しかしこの決断を正解にするか愚策にするかはこれからの自分次第。
貪欲に今の職に関連する事柄の多くを学び、自分のものにしていけば、このキャリア断絶を良いキャリア転換だったと振り返る日がやってくるだろう。