俳優エピソード本「修学旅行」
※こちらの文章は、山岡竜弘のエピソードトークを書き起こしたものです。実際に話し続けているうちに、尾ひれはひれがついて、もはや原型を留めていません。当時を知っている方は個人連絡にてご指摘下さい。
※登場人物の名前は全て偽名です。これらのエピソードを集め、いずれ製本して、一冊の本にする事を目指しています。製本の際は、全登場人物をご協力下さった方々のお名前にしたいと考えています。
※映像化、漫画化したい方がいらっしゃいましたら、僕までご連絡下さい。
それではごゆっくりお読み下さい。
修学旅行
これは僕が高校生の頃のお話。僕は修学旅行に行く二週間前に、パスポートを失くして、修学旅行に行けなくなった。パスポートのコピーを提出する様に言われ、コピーを取りに行ったコンビニのコピー機の中に、まんまと忘れてきてしまったのだ。すぐに取りに戻ったもののパスポートは失くなってしまっていて、顔面蒼白。きっと今頃、僕のパスポートには、別人の顔写真が貼られて世界中を優雅に旅しているに違いない。いや、そんなパスポートの行き先はどうでも良い。修学旅行に行けなくなった者達がその間、どの様に過ごしているかあなたはご存知だろうか。修学旅行期間中、毎日学校に通って、課題のテスト問題をひたすらやらなければならないのだ。そんな知られざる苦行を課せられたのが高校時代の僕。一週間家で寝てられると思ったのに、なんてこったと思った。どうせ他の奴らは北京ダック片手に万里の長城ではしゃぐくせにだ。そんな浮かれた友達の姿を思い浮かべながら、とぼとぼと登校し、教室のドアを開けると、中には既に、僕の他に3人の生徒が離ればなれに着席していた。そこには、見た事のない奴も座っている。それぞれの事情で修学旅行に行けなかった生徒たちが集められ、この教室で一週間を共に過ごすという事だった。
そんな修学旅行に行けなかった残念なメンバーを紹介しよう。
1人目は、背がひょろりと高く細身の陸上部員・田中君。修学旅行期間中に大会があるんだそうで修学旅行には行かなかったとの事。2人目は、腰パンに茶髪という、いわゆる不良な出で立ちの吉田君。修学旅行なんか行かねぇよと啖呵を切ったものの、実際周りがみんな行ってしまい、後悔している…たぶんそんな感じだ。3人目は、大人しく目立たなそうな並木君。今で言うと陰キャラのポジションを確保している。
こうしてキャラもクラスもバラバラな全く共通点のない4人が、先生もいない空席だらけの教室に突如閉じ込められる形に。この高校は、そもそもスポーツマンモス校で、一学年だけで13クラスあり、普段なら校舎の2フロアを貸し切ってしまう人数がひしめき合う。そんな大勢の生徒で賑わうはずの校内には僕らしかおらず、まるでパラレルワールドにでも迷い込んだみたいだった。僕らが鳴らす以外の音は何も聞こえてこない異様なほどの静けさが辺りを包んでいた。
初めのうちはそれぞれ黙々と課題をやっていたが、面倒臭くなってしまった不良吉田くんが「なぁ」と声を発したと同時に、快心のアイデアを繰り出す。教科ごとに課題を分担して、後で見せ合い、速攻でクリアしてしまおうというナイスな作戦。幸いにも課題は教科書を見れば解けてしまうものだったので、この作戦はとても効率が良かった。みんなで協力し合った結果、課題はあっと言う間に終わった。苦労した事と言えば、見せてもらった答えを少しずつわざと間違えたりして帳尻を合わせる事くらいだった。この大作戦を終える頃には、力を合わせた事が背中を押して、それぞれを称え合い、四天王の心持ちで打ち解け合っていた。
残された期間、膨大な時間を手に入れた4人は、修学旅行に旅立っていった生徒たちが校舎内に隠し持っている宝(漫画)を全て見つけ出し、僕らだけの楽園(漫画喫茶)を作ろうというミッションに乗り出した。校内をくまなく探索し、全て見つけ出し、自分達がいる教室に持って行き、教室に特製の漫画喫茶をつくる。購買からジュースとパンを大量に買い込み、連日漫画を読み漁る僕らだけの理想郷を目指した。
誰もいない長い廊下を全速力で走り回ったり、巧みに隠し切ったレアな漫画を見つけては歓喜し、全く共通点のないデコボコ4人衆は、無人の校内を毎日冒険してる様な、まるで大きな秘密を共有してる様な気分で、なんとも言えない特別な時間を共に過ごした。普段は目立たなそうな並木君も大声で笑ったり楽しげだった。途中で、陸上部の田中君は大会に旅立つ事になり、僕らは「絶対勝てよ!!」と息子を戦地に送り出す親の様相で見送った。
修学旅行に行っていたら味わえなかった僕らだけの冒険。最終日は、漫画を全て元の位置に戻しきり、僕らの完全犯罪は誰にもバレる事なく終わりを迎える。友達でもなかった僕らが過ごした僕らだけの日々は、お決まりのコースを巡る修学旅行よりも旅らしかったのかもしれない。物理的に移動する事のない別れだったが、この日々からの離脱はなんだか妙に寂しく、泣きそうになるのを必死に堪えた事を今も覚えている。
そして、次の日から、修学旅行生と共に何の変哲も無い日常が戻ってきた。不良吉田君は不良グループへ、陸上部の田中君は、陸上部の連中とつるみ、まるで修学旅行期間なんてなかったみたいに、それぞれ日常の続きを再開した。廊下でそのうちの誰かとすれ違っても小さく目配せを送るくらいで、日常が戻った世界で僕らが仲良くする事はなかった。やはり高校とはいえ、小さな社会圏がそれぞれに存在していて、あの特異な日々が引き継がれる事は自然となかった。そして、この日常に戻ってから、驚いた事が一つある。
それは、大人しそうな並木君の姿をその後一度も観ることがなかった事だ。
なんと並木君は、僕と同じクラスの、これまで学校に来た事のない、不登校の引きこもりの生徒だったのだ。どうりで見た事がない訳だ…。彼は大勢の生徒がいる前では登校出来ず、修学旅行の間だけ勇気を出して登校していた。ポツンと空いた並木君の席。今でも残る彼の大きな笑い顔。あの一週間だけでも彼は、僕らと過ごす事で味わえた青春があっただろうか。もしもあの日々を引き継げていたら彼は、また学校に戻ってきていただろうか…と、少し今も胸に残っている。未だに修学旅行に行けなかった事を高校時代の友人にイジられるが、僕は、あのかけがえのない時間の事をそっと胸に閉まったままにしている。
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