うっせえ、俺が「世界観」だ。 _#3 浸透 (しみる)
#だからそれはクリープハイプ
更新日: 2023/04/08 (締切4月10日まで加筆する)
#3 浸透 (しみる)
代役である。クリープハイプのギターボーカルである。どうやら、尾崎さんが風邪で喉をやってしまったらしい。代わりに僕がライブにでることになった。なんかどこかの企画で聞いたことある話である。しょうがない、怖いけど、クリープの今後に関わるだろうから。恐る恐るステージに上がる。おお、これが尾崎さんのES-335か。良いギターだな。テレビの企画で買ったんだっけ。また高そうな機材がたくさん並んでるな。特にステージ向かって右側とか。ボーカルは少しズレた位置に立たないと、拓さんが見えない。長谷川さんのプレベもかっこいいな。さて、4人ともステージに立ったことだし、いっちょやりますか。尾崎さんどこに居るんだ? 家で不貞寝してるのかな。そこから良い小説とか生まれそうだな。一発目に「大丈夫」か。攻めるなあ。大丈夫か? これは、バッキングギターにも見せ場があるぞ。さあ、ひと鳴らしして… ちょっとおかしい。鳴らない。ああ、ギターシールドがアンプから外れてる。あれ、手が届かない…。
バンドメンバーを集め、同時に、維持することはかなり難しい。僕は、維持するということにおいて、得意ではなかった。私のバンドでは他の曲の演奏を許さない。しかし、これを一度も明言することはなかった。今の時代、バンドをやりたがる人は限られている。感情がわっと高まり、騒ぎ立てることを忌避する。我々をそんな世代だと評価する人もいる。冷めている若者は嫌いじゃないんだがな…。僕は毎度、「好きな音楽がやれるぞ!」と言いながら、メンバーを集めるのだった。少しでもバンドに興味がある彼らは、それを行うだけの推進力が欠如している。
文化祭で行われる体育館ライブにおいて、我々1年生の参加は許されない。軽音楽部は登録者が多過ぎる。ただ、申し訳程度のオーディションだけが平等に行われる。「憂、燦々」をやった。例によって期待していなかったが、落ちた。ちゃんと理由も付けられた。「しっかり声が出ていない」という。
クリープの歌詞を一言に「世界観節」とまとめてしまうのは簡単なことだ。それは生々しく、刺激的なだけではない。僕は侵されてしまった。他の楽曲がひどく幼稚で嘘っぽく聞こえてしまうのだ。今でもなかなか完治しない。それはバンドメンバーやファンを見ていても同じだった。それで、いつでも彼らの楽曲を歌っていた。あまりにも他の楽曲が頭に入ってこないので、実際は困っていたかもしれない。
十代は恐ろしい。ひとつは、そのエネルギーである。私の場合、それが社会的に最も望まれる事柄に充てられることは滅多になかった。これまた不甲斐ないことだ。ある時、壁を挟んでお隣の吹奏楽部で、僕らが笑いの種になったらしい。何についてだろうか。思い当たる節は、歌詞中の下ネタか、演奏の実力の無さくらいだった。どうやら私の歌声についてらしい。突然、その指揮者は合奏を止め、壁に向かった。そして、大きな声で「音程!」と叫んだという。どうやら合奏練習の気分転換に使われたらしい。音程は練習でどうにかなった。意気込みは、どうにかなってしまった。