うっせえ、俺が「世界観」だ。 _#4 彷彿 (くらむ)
#だからそれはクリープハイプ
更新日: 2023/04/09 (締切4月10日まで加筆する)
#4 彷彿 (くらむ)
軽音学部では「クリープハイプ」の声といえば、俺だった。洗脳した。コピーバンドであるから、原曲は必ず存在する。それを聴いた彼らは原曲に違和感を覚えるんだという。その声は挑戦してみたら出来た。それだけである。喉を締め、怒るように声を出す。実際の彼の発声法とは違うかもしれない。ただ、コピーバンドとしては十分だったはずだ。中毒性のある発声だった。人は皆、高音を求め、精一杯に喉を捻り潰し、そして死ぬ。おそらくギリシャ神話の登場人物に1人はそんな奴がいるはずだ。
何度かメンバーの入れ替えが行われることになる。今後は誰でも仮名 (かめい) を使うが、リードギターの塩見くんは、かなり早い段階から高校の最後まで参加してくれた。彼もクリープハイプの歌詞に侵された一人だ。お前のせいで他の邦楽バンドの楽曲を聴けなくなったじゃないかとぼやかれることになる。頭の切れる彼は、僕が適当にギターを教えただけで、みるみる色んな曲を弾けるようになり、我がバンドは水を得た魚と言わんばかりであった。
高校2年生の秋、文化祭でやる目玉の曲は「ラブホテル」だった。あの曲の内容が高校生に分かるとは思えない。他にやった「イノチミジカシコイセヨオトメ」や「NE-TAXI」もそうだ。当時大人っぽく思えたそれを、さも分かったように歌い、聴いている者には分からねえだろと知ったかぶる。それに快感を覚えた。ただ下ネタを大きな声で歌いたいだけではなかった。
本番よりリハーサルの方をよく覚えている。軽音楽部ライブ、最初の出番であった。直前に買ったギターのエフェクターを足下に置き、赤いジャズマス (エレキギター) を抱え、マイクへ向かう。とてもステージライトが眩しい。こんなに眩しいのなら、観客なんて見えない。人の目など気にならない。安心した。それでも速くなる心拍からどうにか気を逸らし、コードを鳴らそうと、右腕を振り上げる。その最初のひと振りはいつも不安だった。もし、空振りしたらどうしよう。死罪である。ギターの鉄弦に指を引っかけ、出血死すべきだ。「夏のせい」には出来ないことだ。そして、ひと振り、どうにかピックと弦は接触した。
メンバーには掛け持ちもいた。そう、クリープハイプに興味がない者だ。それでも演奏中は少しの一体感を感じた。照明担当の例の顧問もだ。ちらっと見た彼の顔は、どう見ても楽しんでいた。いや、ほくそ笑んでいたのかもしれない。例の国語の教師だ。お前にその歌詞の意味が分かるのか? という顔。うるせえよ、俺の歌詞だ。
… 高校バンドあるある。ギターの音が間抜けであることが多い。まず第一に、チューニングが合っていない。合わせる気があまりないらしい。チューニングが合っていれば、もうそれは上級バンドであった。第二に、いやにクリーンである。歪みと言うのだが、機材を駆使して、かっこいい音を出すのが、ロックバンドの基本である。しかし、高校生にはそれを準備するお金や、技量、もしくは知識がない、知らないということがある。エレキギターの素の音を高校生のエネルギーに乗せ、大音量で鳴らされた日には耳が逝かれる (体験談)。
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