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【登山記】山小屋で過ごす年越し八ヶ岳(赤岳)
「本当にここで年を越すんだ」
氷点下10度を超え、布団の下には霜らしきものが見える。
八ヶ岳の夜、ぼくは自分自身の決断に驚いていた。明日はきっと最高の景色が見れるだろうという確信があった。
こうして雪山に来れたのは、一緒に登ってくれるY田という男がいたからである。
当時、同じ登山サークルの友人たちは冬はスノーボードやスキーをしていて、冬山に登る仲間がいなかったのだ。
そんなことをポツリとつぶやいていると、T子が「Y田が年越し八ヶ岳誰か一緒に行こうぜ」って言ってたよと教えてくれた。
今回のパーティは二人
Y田というのは、最近サークルに入ってきた山への情熱にあふれた熱い男である。彼は一足先に雪山装備を準備して、八ヶ岳エリアに通っているのだという。
さっそくY田に声をかけると、年末の八ヶ岳登山に同行することを快諾してくれた。少しの間話しただけだが、彼は慎重で大人びた性格だと感じた。
似たような山が好きということもあってすぐに意気投合した。
そんなこんなでぼくらは「山で年を越す」という初めての挑戦をするのであった。
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雪山装備の準備
年末に雪山を登るとなれば、必要な装備が必要だ。
ぼくは冬用の登山靴を始め、アイゼン(靴につける滑り止め)やピッケル(滑落時に止まるための補助具)等を買いあさった。
12月のボーナスはすべて雪山にささげたのだ。
(この時の経験を基に、必要な持ち物をリストでまとめている)
Y田とお互いの装備を確認し、問題ないだろうとのことで、当日を迎えることとした。
年を越す宿は、赤岳山荘の予定であったが、このときは予約がとれず、少し離れた場所にある行者小屋に泊まることにした。
1日目:名古屋~八ヶ岳(行者小屋)
年末休みの夜、ぼくは仕事を終えるとY田の家に行く。彼の部屋には、効率的なトレーニングの本や天気図の書籍が積まれており、勉強熱心で彼の努力の一端が伝わった。録画したNHKの「にっぽん百名山」を観ながら、今回の計画を話し、仮眠の後、出発した。
車中でも、冬山の厳しさや楽しみについて熱く語り合った。道中、見渡す景色が次第に雪化粧に変わり、「いよいよ冬山だ」と胸が高鳴る。
八ヶ岳(赤岳)は、冬季は登山口まで車で行くのは危険だ。道が凍結しているし、スリップしたら大変なことになる。
そのため、車を停め、登山口までコンクリートで舗装された道を歩くことになる。
ぼくはそれを忘れていた。始めから雪の中を歩くと思い、アイゼンしか持ってきていなかったのだ。(コンクリートや岩が露出した部分を歩くならチェーンスパイクの方が良い)
まあ大丈夫だろと楽観的に進むと、滑って転んで、10kgを超えるザックの重さで尻もちを着いた。
Y田は爆笑しつつも心配してくれる。「やっちまった」と言い立ちながらまた滑り、尻を痛めながらもどうにか登山口に着いた。
ぼくはようやく雪道を歩けると喜び、やがて森の中へ。そこは静寂に包まれており、足音と風の音だけが響く。雪の重みで枝がたわむ木々を見上げながら、「これが冬山なんだな」と感慨深く感じた。
道中は順調だったが、行者小屋が近づく頃、持っていたナルゲンボトルが凍ってしまった。蓋が完全に凍結して、まるでびくともしない。
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目の前に水があるのに飲めないのだ。
Y田は大丈夫か?と問いかけると、Y田はY田でハイドレーション(ホース上の給水具)が凍って飲めんわと悲しそうな顔をしていた。
夏場より少なくて良いとはいえ、水が無いのはキツイ。
しかも雪が振り始めた。樹林帯で風は弱いとはあえ、冷たい風が吹きつけ、雪が顔に当たるたびに痛みを感じるほどだ。
ふりしきる雪を防ぐために、ぼくはハードシェルのフードを被った。
すると、Y田の声が聞こえにくくなった。防寒だけを考えていると、パーティの連携がとりにくくなるという弱点も実際に経験しなければ気づかないものだった。
Y田は「天気が悪くなると道が分かりにくくなるから、気を引き締めていこう」と言い、ぼくもそれに頷いた。
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ようやく行者小屋に到着したとき、のどはカラカラだった。山小屋の中は暖かく、雪で冷えた体にじんわりとした安堵感が広がる。
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小屋にはストーブが設置され、寝室にはいくつかのこたつも置かれていた。ぼくらは「山で年越しするなんて初めてだな」と語り合いながら、温かい食事を楽しんだ。
ストーブの周りに集まる登山者の話を聞くと、「いつも年越しは行者小屋だぜ」というベテランの声も少なくない。年越しは赤岳山荘でビンゴ大会を行うため、ほとんどの登山者は赤岳山荘に泊まる。
わざわざ行者小屋を選んで泊まる客は、喧噪から離れて落ち着いて年を越したい人たちが多いそうだ。
ぼくが驚いたのは、埼玉から来た青年だ。今日は外でテント泊をするという。しかも、これが初めてのテント泊だという。今日は快晴だから、-20度に近くなるほど冷え込むだろう。
ぼくが「初めてのテント泊で雪山にくるなんてどうしてなんですか?」と聞くと、青年は照れながら「夏に骨折していてできなかったんだ」と答えた。
山を登っていて「仲間に負けたくないという焦燥感」に追われるのは、ぼくだけではないことにどこか安堵を覚えた。
夕食が終わりしばらく経つと、年越しそばが提供された。
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寝室のこたつで、60歳を超える隣のおじいさんと話し、明日の天気のコンディションが稀に見る良さだと喜んだ。
ウイスキー片手に語る彼のこれまでの登山の話は、どれも輝いてみえたのだった。
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ぼくとY田は、明日の新年初の赤岳登山にはりきり、まだ早い時間であったが、眠りにつくのであった。
2日目:行者小屋~赤岳
翌朝、ぼくらはまだ薄暗い中を出発した。
空は快晴で、空には星が輝いていた。「この星空、すごいな」とY田がつぶやき、ぼくも思わず見上げた。厳しい寒さの中、ぼくらは慎重に足を進めた。
標高が上がるにつれ、風が強まり、気温もぐんと下がった。アイゼンが雪をしっかりとらえる感覚を確かめながら進む。
途中、急な岩場に差し掛かり、緊張感が走った。風でバランスを崩さないよう、一歩一歩確実に進む。
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赤岳山頂直下では、斜面がさらに険しくなり、ピッケルを使う場面も。ぼくは「滑ったらどうしよう」と不安が頭をよぎる。赤岳の山頂付近、滑落して死亡した例は少なくない。
ここは夏山よりも厳しい雪山だ。誰だって少しのミスで命を落とす場所なのだ。Y田の「焦らず、ゆっくり行こう」という言葉に励まされ、ぼくはどうにか冷静さを取り戻した。
そして、ついに赤岳の山頂へ到達。眼前には360度の大パノラマが広がり、遠くには富士山が顔を覗かせている。
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「これが冬山か!」と思わず叫びそうになるほどの美しさだった。元旦、新年を迎えて初めての登山がこの山であった。この景色は寒さも忘れるほどの感動だった。
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下山と新たな目標
帰り道は慎重を期しつつも、どこか余裕があった。達成感と安心感がぼくらの足取りを軽くしたのだ。
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行者小屋に戻ると、他の登山者たちと共に温かい飲み物を囲みながら、新年を迎える喜びを分かち合った。
帰りの道中、Y田がこう言った。「次はどこに行くんだ?」。その一言が、ぼくの心に新たな火を灯した。「次はもっと高い雪山に挑みたいな」と答え、ぼくらは次の冒険を誓い合った。
雪山での年越しという挑戦は、ぼくに自然の厳しさと美しさ、そして仲間の大切さを教えてくれた。
もう僕にとって登山をやめるときなど、来ないのだと分かった。なぜならもう登りたい山がいくらでも湧き出てくるからだ。
ぼくはこれからも新たな山に挑み続けるだろう。その第一歩を踏み出した瞬間だった。
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参考:当時のGPSログ
だいぶ本文では長くなるので省略していますが、実際は赤岳~硫黄岳まで縦走して下山しています。
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