私の好きな短歌、その12
外に行くと病み臥す母に告げにけり春の雨夜の宵しづかなる
岡麓歌集、『庭苔』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p322)。
何の用事の外出なのかは分からないが、分からないままであることがいい。この時の様子をただ述べている。事実をそのまま述べるだけで、そこから悲しみや不安、愛情などがにじみ出てくるということが、写生文学の素晴らしさではないだろうか。背景を完全に説明しないことで、読者それぞれに合った情景をありありと思い浮かべることになる。
結句「しづかなる」という連体形が、上句へと意識の流れを戻して、「春の雨夜」へと踏み出す時間を生んでいる。
1918年(大正7年、作者42歳)作。作者生没年は1877(明治10)ー1951(昭和26)享年75歳。