先日、山梨県立美術館で開催されている「テオ・ヤンセン展」に行ってきました。今回はこの特別展ついて紹介していこうと思います。
人工物100%の命
まず、この写真を見てください。
みなさん、どう感じましたか?
私は、初めて見た時「風の谷のナウシカ」に出てくる王蟲や、「ムジカ・ピッコリーノ」という番組に出てくる、モンストロという楽器の妖精に似ているなと思いました。体のほとんどがプラスチック、餌は風、この作品、いや生き物の名前は「ストランドビースト」です。ではこの全く新しい命、一体誰が生み出したのでしょうか?
芸術家、テオ・ヤンセン
皆さん、テオ・ヤンセンという彫刻家を知っていますか?実は、彼こそがストランドビーストの生みの親です。テオはオランダで生まれ、今もオランダで活動しています。また物理学者という顔をもっています。皆さんこんな二足の草鞋を履く芸術家聞いたことありませんか?そう、レオナルド・ダ・ヴィンチです。そのこともあって、テオ・ヤンセンは「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称されています。また、このストランドビーストの作成前は、U F Oに似た作品を作っていて、その打ち上げの際には近所の人が”U F Oだ!“と騒いでしまうというちょっとお茶目な事件を起こしたりもしたようです。
↑テオ・ヤンセンの初期作品です。
ストランドビースト
ストランドビースト、ガッチリとした雰囲気の名前ですがどんな由来があるのか気になったので調べてみました。まずストランド(strand)はオランダ語で浜辺、ビーチ、ビースト(bestia)はオランダ語で獣という意味です。読者さんの中には、なぜ浜辺の獣という意味なのだろうと疑問に思った方もいるのではないのでしょうか。次にそのわけについて説明しようと思います。
命が輝く場所
ストランドビーストは夏、ボーンヤードという名の丘の上で誕生します。しかしこれはまだ眠った状態で、実際に命が芽吹くのは浜辺です。前文で述べたようにビーストは、風を食べることで初めて動けるようになります。なので、より風が受けやすく、そして自由に動き回れる大きな場所が必要です。そこで選ばれたのが浜辺なのです。また驚くべきことに、丘の上で立派に組み立てたビーストは、この浜辺に持っていくために、一度バラしてしまうそうです。そしてトラックや、小さなものならテオ自身が背負って海まで運び、また組み立てるそうです。
インタビュー
今回の特別展には幸運なことに、実際にテオとともに活動しているビーストの飼育員のフェリックスさん、友寄さんにインタビューすることができたので、ご紹介します。
「ストランドビーストには全体の設計図がないと聞きましたが、どのようにして海辺や、日本で組み立てたのですか?」
フェリックスさん「テオからの指示を聞き、彼の動作を観察してその記憶を辿りながら浜辺や日本で組み立てました。今回の山梨県立美術館での展示の際は、組み立てるのに丸5日かかりました。(笑)」
「自分だけのビーストは持っていますか?」
友寄さん「持っています。(笑)流石にテオのものみたいに大きなものはないですが、ミニチュアのものなら自分で作りました。」
「ストランドビーストの中で一番お気に入りのパーツはどこですか?」
フェリックスさん「やっぱり足ですね。ほんとに滑らかで“生きてる!”って感じです。ストランドビーストが作品でなく生き物に見える大切な部位だと思います。」
滑らかな動きの秘密
インタビューの中で、“足”が一番のポイントとありましたが。実際に見てみもほんとに滑らかで素晴らしいです。プラスティック同士がぶつかると“ギシッ”と軋みがちですが、そうならない秘密は主に二つあります。
①ホーリーナンバー
ホーリーナンバー、日本語で直訳すると「聖なる数字」。私の偏見かもしれませんが、この数字に対する敬意の払い方が、物理学者らしいですよね。13という数はプラスチックチューブの本数ではなくて、それぞれの間隔の長さを指しています。上の写真でいうところのF-Dの距離です。この絶妙な比によりビーストが水平に進むことができます。
次の写真を見てください。
↑水平な線を描く“足”です。ビーストの足の部分に鉛筆が付けられています。鉛筆の軌跡を見てみると、底辺の部分は常に水平になっています。何人もの人が回してこれだけ水平なのだから、とてもよく計算されたものなのだなと感心しました。
②クランクシャフト
クランクシャフトとは、ストランドビーストの要です。凹凸がある部品で、体の軸になります。ビーストの動きにはピストン運動と回転運動があり。そのうちの回転運動でその力を発揮します。簡単に説明すると、ピストン運動とはビーストの帆で受けた風をエネルギーにする運動です。また回転運動とは、クランクシャフトを通じてそのエネルギーを実際の“足”の動きにつなげる運動です。このクランクシャフトが、しっかり空気を足の細部まで届けることにより、あの滑らかな動きは生まれているのです。
純粋な疑問が生みだす新たな美
美術品は、完成したものを鑑賞するのが主流です。しかしテオ・ヤンセンの作品はそういう点でとても異質でした。動かすことで初めて作品が光り、壊し思考錯誤する過程自体を美とします。個人的な意見ですが、だからこそ設計図が存在しないのかなと思いました。こうして組み立てなければいけない、こう動かなければならない、そんな型がある美ではなく、ここをいじったらどう動くのだろう、こんな形にしたらどうなるのだろうという純粋な疑問が、ストランドビーストという新たな美を生み出すことに繋がったのだと思います。また人工物で作られているにもかかわらず、とても環境に優しいという、相反する点が「美女と野獣」に出てくる野獣のようで素敵であり、一方で、世の中への皮肉のように感じました。
またリ・アニメーションという大きなビーストが動くイベントや、自分で動かすことのできる小型のビースト、波のような動きをするビースト、扇風機の羽のような帆をもつビーストなど今回の記事では紹介できなかった面白いものが目白押しでした。
文・写真(一部を除き):青山新(山梨県立大学国際政策学部2年)