Portfolio of "Yamamoto Market"
初めまして。高知県在住、「Yamamoto Market」の岡本里咲です。
今春、7年間務めた公務員という仕事を卒業し、これから個人事業主として、「Book cafeオープン」といういつかの夢を叶えるための準備をしながら、ライターとしての活動をスタートしました。
新しい道にドキドキ、ワクワク。
不安もたくさんですが、せっかくならやれることをどんどんと。
もっと私らしく、楽しんでいきたいと思っています。
今日は、自己紹介代わりに、ポートフォリオを書いていきたいと思います。
2023年4月3日に開業したばかりということで、私が何者なのか、これからどんなことをしていきたいのかを少しでもわかっていただけるようなきっかけの記事になればと思っています。
About me
プロフィール
1992年生まれ30歳。神奈川県生まれ、神奈川県育ち。
23歳で高知県黒潮町へ移住。
移住のきっかけは母の出身が高知県であること。
2023年3月まで公務員として役場で勤務。
現在はフリーライターをメインに活動。
自然、旅行、おいしいもの(ビールやワインは特に!)、写真、ランニング、言葉に関すること(本や映画、お話など)などが好き。
経歴
2015.3 上智大学文学部新聞学科卒業
2015.4 地元のフリーペーパー発行会社にて
記者兼営業職を担当
2016.3 高知県黒潮町へ移住
2016.4 黒潮町役場にて正職員として7年間勤務
・情報発信業務
(ウェブマガジン「うみべのくらし」、
各種SNS、広報、HP)、
・砂浜映画祭
「The Moonlight Film Festival」企画運営
・国際交流(日本語教室立ち上げ・運営、
海外との事業展開等)
・少子化対策事業(婚活の企画・実施)
などを担当
2023.4 「Yamamoto Market」開業
保有資格
TOEIC 795点
もう少し詳しく・・・どんな人?
高校生の頃から「言葉」や「日本語」が好きで、その頃のまだぼんやりとした夢は、「日本語教師」でした。古典、現代文の先生が好きで、特に古典の授業では、日本語の美しさを感じることが多く、「日本語っていいなあ」と思わせてくれた最初のきっかけでした。
また、海外出張の多い父親の影響で、小さな頃から外国への興味を持ちながら育ちました。
高校卒業後は短大へ進学。父の影響か、英語学科に所属し、専攻は「社会言語学」でした。英語という外国語に興味があったのはもちろんですが、言葉の選び方、使い方、表情、トーン、相手のバックグラウンドなど、その全てが誰かとのコミュニケーションをとる上での重要な要素であることを感じ、言葉の面白さを学びました。
その後、4年制の大学へ編入。やはり「言葉」を使うという面で共通点のある「メディア」の分野を学びたいと思い、新聞学科という道を選びました。新聞、テレビ、雑誌、そこには全て言葉が必要で、言葉が主役です。この時から、本格的に言葉を使う道へ進みたいと思うようになりました。
大学卒業後、初めて就職したのは地元にあるフリーペーパー発行会社。やりたかった「記者」という仕事に就くことができたのですが、未熟+会社が合わずにすぐに退職。大学を卒業してすぐのできごとで、「これからどうなるんだろうなぁ・・・」と途方に暮れていた時に、母の出身である高知県へ目を向けることとなりました。
きっかけは、「高知に行ってみたら?」という母の何気ないひと言。
あの時の母の言葉は、冗談だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。私もまた、「まぁまだ若いし、失敗なんてもう既にしてるし、もう一回失敗が増えるくらい怖くないか」という軽い気持ちだったと思います。
見知らぬ土地(※)の役場の職員採用試験がもうすぐ控えているという情報をネットで発見して、「受かったら縁だと思ってちょっと行ってみようか」、そんな気持ちで応募したのを覚えています。
今でも覚えているのは、二次試験の日。一次試験を通過して嬉しいはずなのに、「これに受かったら、私は本当にこの地で新しい暮らしをスタートさせなければいけないんだ・・・」
段々とそこまで迫ってきた知らない土地で暮らすという現実に、不安を覚えていたのを記憶しています。
二次試験の日、面接開始前に初めて声をかけてくれた役場の職員さん。私にとっての「第一町びと」は、「なんでこんなところに?」と。その時にはまさか、7年後もこの町で暮らしているとは、大好きな町になっているとは、私自身思ってもいませんでした。
さて、いろんなところに話が飛んでいますが、
7年前に無事(?)、役場の試験を合格し、この3月までを黒潮町役場の職員として過ごしました。
「こんな田舎で」と言ってはとても失礼ですが、来る前には予想もしていなかった貴重な経験をたくさんさせていただきました。
広報紙やHPの担当から始まり、SNSの立ち上げ・運用、Web Magazine「うみべのくらし」での取材・執筆など、情報発信の仕事をたくさんさせていただき、この町に暮らす人々の素敵な言葉の数々をうかがってきたことが今の独立に大きくつながったということは、間違いありません。
その他にも、アフリカ・マラウイやインドネシア、台湾など、国際交流の担当として海外へ渡航したことも、移住当時は考えられなかった経験です。
国際交流の一環として、地域日本語教室を立ち上げ、その中で出会った外国人の皆さんとの時間も、私のここでの暮らしにたくさんの彩りを与えてくれました。
「公務員」と言うと、一般的に批判を浴びることも多くあるかと思います。実際、私も7年間の仕事の中で、どう思われていたかはわかりません。いつも自信のない、答えがわからない状態でいましたが、それでも、この町で住み続けたい、そう思えたのはこの仕事のおかげです。この仕事が、ここに住むあたたかな人たちとのつながりを与えてくれました。
これからは、公務員ではない個人の私として、もっともっと自分らしく、歩んでいきたいと思っています。今まで与えてもらったつながりを大切に、紡いでいきながら。
まだまだ先が見えない、スタートしたばかりの私、そして「Yamamoto Market」ですが、この町が与えてくれたすてきな暮らしを、これからも大事に、つなげていきます。どうかあたたかい目で見守っていただければ嬉しいです。
※祖父母のところには小さな頃から遊びに来ていたため、高知県には馴染みがありましたが、その中でも詳しく知っているのは祖父母が住んでいた町だけでした。現在住んでいる黒潮町には移住当時、縁がなく、ほとんど見知らぬ土地でした。
What is the origin of the name "Yamamoto Market"?
私が高知県に来たきっかけは、母の出身地がここにあったこと。
夏休みや冬休みには、祖父母の家へ家族で遊びに来ることがいつも楽しみで、普段聞き慣れない方言や自然の暮らしに、ときめいていた思い出があります。
祖父母が生業としていたのが小さな書店。
私が小学3年生の頃に祖父が亡くなり、その後は祖母が細々と続けていたけれど、2016年、私が高知県へやってきて約半年が経った頃、閉店となりました。
その書店の名前は「山本書店」と言いました。
私がこの町にやってきた理由やきっかけの一つに、「山本書店」があります。夏休み、祖父と一緒に店番をして、お店にあった大事な鉢植えを割って祖母に怒られ、祖父が優しく笑ってくれた、そんな思い出たちがあります。
だから、「祖父母の大切なお店を後世に残したい」「引き継ぎたい」、そんなたいそれたことではないけれど、この地に来たきっかけを私なりに未来につないでいきたい。
そんな気持ちで、
もっともっといろんな形に広がっていけるように、
私なりに、いろんな未来につなげていけるように、
「Yamamoto Market」と名付けました。
でも、やっぱり大切な存在には変わりないので、もしかしたら、時々「山本書店」の屋号も使わせてもらうかもしれません。
双方含めて、よろしくお願いします。
仕事内容
・ライティング
・屋外本屋(いつか実店舗が持てたら•••)
・SNSアカウント運用
・イベント企画や地域の人、魅力をつなげるコーディネート
・写真撮影(簡単なものに限ります)
お仕事に加えて・・・
上記の仕事内容は、あくまでも参考です。「こんなことは?」など、ご一緒いただけることがあれば、ぜひお声がけください。
また、このnoteでは、お仕事に関わることだけではなく、この町での暮らしのことや私の好きなこと、ちょっと話したいこと、かる〜い写真だけの記事など、いろんなことに触れていきたいと思います。
ぜひご覧いただければ幸いです。これからどうぞよろしくお願いします。
2023.4.18 Yamamoto Market