赤い糸の行方

私の職業は運命の赤い糸を結ぶというものだ。もちろん人間には見えないものを扱うということになるから、当然私は人間ではない。ちなみに私は上から来る命令を淡々と日々こなしているだけで、誰が誰とくっつこうと興味はない。私にとって大切なのは自身の昇進話だけである。はやくこの下働きから抜け出し、上司のように適当に男女の組み合わせを決めるだけの立場になりたいものである。


私は筋肉痛の肩を抑えながら今日も人間界に降り立った。昨日の私の姿はプロ野球チームのピッチャーだった。私とバッテリーを組むキャッチャーと女子アナをくっつけるために、打ち上げを主催することが主な業務内容だった。野球選手と女子アナという組み合わせは多いもので、大体はインタビューで互いに狙いを定めているからあとは二人になれる時間を我々が提供するだけで自然と両者の赤い糸が結びつくことが多い。ただこの筋肉痛だけは考え物だ。私は陰鬱な気分で本日の目的地に向かった。


今日の私は大学三年生の男子学生で、テニスサークルに所属しているらしい。大体テニスサークルというのはテニスなんてみじんも興味はなく、ただ出会いを求める男女が集まってくるものであるから、今回の業務はなんなく遂行されるはずである。私はそう思いつつ、早速テニスコートに向かった。


上から送られてきた情報によると、今日のターゲットは新入部員の男女だということだ。早速私は二人にペアを組ませるために、並ぶ順番を巧妙に指示して見せた。しかしどうしたことか、いつまでたっても二人がペアになることはない。それどころか、女の方には私の狙いの男とは別の野郎が毎回必ずペアになっているようだ。その男子学生は木村といった。俺は木村を呼び出した。


「おい!木村!お前順番を守らないとだめだろう!」


なにせ木村は私の業務妨害をしているのと等しいのだ。私は彼を叱った。近くで見ると彼はニホンザルに酷似しており、いまにも湯気が出そうなほど汗をかいていて不潔だった。まさにこういう男が、下心のみでテニスサークルに入るのだと思った。


「すいやせん先輩。先輩だけには言いますけどね、俺、桃子ちゃんのこと好きになっちまったんですよ。だからこの通り!協力してもらえませんか?」


いくら頼まれてもその願いを聞くことは出来なかった。なぜなら私の検挙率は今のところ100%であることに加え(ここでの「検挙率」とは赤い糸を結ばせることに成功した格率のことである)、一度結ばれた赤い糸のパワーは死ぬまで切れることのないほど持続性を持ったものであるからである。つまり私のターゲットになった以上、木村が横恋慕することは不可能であるし、一度赤い糸が結ばれてしまったら、そのカップルは一生別れることはないわけである。そういうわけで、もう木村はゲームオーバーなのだ。


木村による桃子ちゃんへの猛アピールは誰の目にも明らかであった。なにせほかの男子が話しかけようとすると木村がスマッシュの如く速さで現れ、常に彼女の隣をキープしようとするのだ。そんなことを続けていると周りから疎まれそうなものだが、木村は心底優しい男であるから、誰も彼のことを悪く言うものはいなかった。最初は嫌がっていた彼女も、次第に木村のことを慕っているように見え、それが私をイラつかせた。


しかし事態は好転した。木村がインフルエンザにかかっている隙に、私は本来のターゲットである二人を急接近させることに成功したのだ。まあ私がやったことは雨を降らせ、困っている彼女にタイミングよく傘を持った彼を送り出すという簡単なことだが。


木村が完全復帰を果たした日には、二人の雰囲気は恋人同士のそれになっていた。もちろん赤い糸もそうなっていた。もうこうなれば、あとは若い二人にお任せ状態である。私が出来ることは何もない。そしてそれは、木村も同じだった。


木村はこれまた分かり易く憔悴していた。私を見つけると木村は大粒の涙を流しながら抱きついてきた。


「先輩、、、うぁぁぁあああん!俺。先輩の期待に沿えませんでした、、、。でも俺まだ諦めません、、、。」


私は、「運命の赤い糸は死ぬまで切れることはないから、もう彼女は一生君のものにはならないよ。」という現実を突きつけようか迷った挙句、止めにした。今日で彼と会うこともないはずだったから別に言っても良かったのだが、これ以上彼を絶望させなくてもいい気がした。私は木村に肩を貸してやることにした。




今日も私は通常業務についている。一体いつになったら昇進が叶うのか。私はイラつきを顔に出さぬよう努めながら、今日のターゲットの2人を確認した。


「おっ、」


思わず声が出た。その顔写真は木村と桃子ちゃんだった。まあ大学を卒業して50年以上経っていたから、もう二人は70を超えていたが、面影があった。


結ばれた赤い糸は「死なない限り」決して切れることはない。


そうか。例外的に、どちらかが死別した場合はもう一度赤い糸が結ばれる可能性があったのだ。


私は若き日の木村の、サルがのぼせたような顔を思い出していた。


私はスキップをしながら、人間界に降り立った。







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