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今日、樺太・国境付近で 8月18日

8月18日、八方山で・・・

八方山は国境地帯(北緯50度)防衛の主陣地であり、約3000名の将兵が立て籠もっていた。

18日午前0時30分、八方山の連隊本部に下士官伝令が現れる。
この伝令は、15日午後4時上敷香を出発した下士官伝令3組のうちの1組であった。
命令の内容は「和平の大詔渙発と積極的進攻作戦避くべし」とのことであった。
しかし、終戦によってとるべき措置「停戦交渉に関する件」「連隊の魂である軍旗の処置」について具体的指示がなく、上層部はその検討に入った。

その後軍使をソ連軍に派遣することを決定した。
軍使に選ばれたのは第三大隊長小笠原少佐以下15名。

白旗がなかったため、洗濯済みのふんどしを縫い合わせて白旗を完成。
軍使一行は、この「白旗」を掲げて、八方山を下山。
日本側が大きく白旗を振ると、ソ連側も戦車の上から白旗を振り、それが合図であるかのように軍使一行は進み、ソ連軍と接触した。

午後2時 ソ連軍の誘導の下、半田警察署にてソ連軍司令官ビアクノフ少佐と会見し、極地停戦交渉にあたった。
ビアクノフ少佐は降伏を求めるのに対し、小笠原少佐は停戦を主張したため、交渉は平行線となった。

(参考文献:証言・南樺太 最後の十七日間 藤村建雄著)

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