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鶏とカワセミ
その昔、鶏は翼も、とさかも真っ白な鳥でした。鶏は自分の見た目をひどく気にしていました。ほかの鳥たちは色鮮やかな羽があるのにどうして自分だけただ白いだけなのだろう。そう思い悩んでいました。ある日、鶏が川で水を飲んでいると、美しい翼をもった鳥を目にしました。カワセミです。カワセミの翼は翡翠石のような水色と太陽のような橙色をしていて、鶏は思わず見とれてしまいました。カワセミは勢いよく川に飛び込んだかと思うと、魚をくわえて川から飛び立ち空へ飛んで行きました。鶏はカワセミが見えなくなるまで、ずっと目で追っていました。それからというもの鶏は毎日その川に足を運びました。鶏はカワセミと話すことはしませんでした。鶏は自分の真っ白な体が気になっていたのです。鶏は遠くでカワセミが魚をとったり、その美しい翼の毛づくろいをしているのをただ見ているだけでした。ある夏の日、鶏はカワセミが他の鳥たちと話しているところを聞きました。どうやら遠い島に旅行に行く計画を立てているようでした。鶏は自分も参加したいなぁと強く思いました。しかし、この真っ白な体ではカワセミと話すどころか、他の鳥たちに馬鹿にされてしまいます。そこで鶏はいろんな鳥の羽を自分につけて色鮮やかな鳥になろうと考えました。そして鶏はクジャクにお願いして飾り羽を一つもらったり、インコが落とした羽を拾ったりしました。そうやっていろんな鳥の羽を集めました。
そうして一週間がたった後、鶏は集めた羽を自分の体に付けて、もう一度川に向かいました。カワセミはいつものように川で鳥たちと話していました。鶏は力をふり絞って、カワセミのところまで飛んでいきました。「まぁ!あなたの翼はとても綺麗ね。」カワセミは優しく鶏に話しかけてくれました。鶏はうれしくなって集めた羽を自慢するように、その場で一回転しました。鶏は言いました。「最近、遠くの島に行きたくて...」鶏が言い終わるか言い終わらないかのうちにカワセミは「ちょうど私たち、南の島に行くところだったの。私たちと一緒に行かない?」と誘ってくれました。鶏はさらに嬉しくなって、「ぜひ行こう」と大きな声で返事をしました。
それからすぐに鶏はカワセミたちと一緒に南の島へ飛び立ちました。鶏は飛ぶのが苦手でしたが、カワセミと一緒に空を飛べる喜びで疲れは全く感じませんでした。鶏は体に付けている羽たちが落っこちないように気を付けて飛びました。
それはとても楽しい空の旅でした。カワセミは川の中の様子、遠く離れた別の島のこと、鳥たちがもってくる木の実のことを喋ってくれました。どれも鶏が聞いたことのない話ばかりでカワセミの話に夢中になりました。鶏も蛇をつついてみた話や、猫からにげた話をして大盛り上がりしました。カワセミの笑い声は優しく、安心感がありました。鶏はこのまま島に着かなければいいのにと思いました。
島まであと半分ぐらいのところで、カワセミは鶏に笑いながらこう言いました。「あなたの羽、どんどん白くなっていってるわよ。」鶏は頭が真っ白になりました。体に付けていた羽の半分ぐらいが落ちてしまっていたのです。鶏はまだ残っていたクジャクの飾り羽で自分の白い羽をどうにか隠そうとしました。カワセミはまだ笑っていました。鶏は恥ずかしくなって、もう帰ってしまおうとも思いました。その時、カワセミがすこし怒った表情で言いました。「確かにそのクジャクの羽も綺麗だけど、あなたの白い羽も好きよ。」鶏はびっくりしたり、嬉しくなったり、たくさんの感情があふれ出ました。そしてやっぱり嬉しくて、鶏のとさかは真っ赤に色づきました。鶏はカワセミのことがもっと好きになりました。鶏はもう自分の真っ白な羽が気になりませんでした。むしろその真っ白な羽がすこし好きになりました。その後も、鶏とカワセミはもっと仲良くおしゃべりを続けました。鶏は、自分の白い羽が嫌いだったこと、クジャクに羽をもらいになんどもお願いをしたことを話しました。カワセミはやはり優しくそして温かく鶏の話を聞いてくれました。鶏は嬉しくて泣いてしまいそうでした。
とうとう目的の島が見えてきました。島の付近は海風が強く吹いていました。鶏とカワセミはまだおしゃべりを続けていました。その時です。強く風が吹いて、鶏の体からクジャクの飾り羽が飛んでいき、海に落ちてしまいました。もう必要がないとはいえ、クジャクにもらった大事な羽です。鶏はとても悲しくなりました。そんな様子をみてカワセミは居ても立っても居られなくなり、海に落ちた羽を拾いに行きました。ちょうどその時、波がカワセミに迫りました。しかしカワセミは怯みませんでした。川で何匹もの魚をとってきたカワセミには自信がありました。そうはいっても、海の波は手ごわいです。結局カワセミは波に流されてしまいました。カワセミは海から飛び立とうとしますが、波に阻まれてなかなか飛び立てません。そればかりか、どんどんと沖へ流されて行ってしまいます。鶏はすぐさまカワセミのもとに行きました。鶏はカワセミを掴んでもう一度飛び立とうとしました。しかし波がもう一度押し寄せ、鶏もカワセミも波に打たれてしまいました。鶏は波をかき分けながらカワセミを探しました。カワセミは海に浮かんでいました。波に打たれた衝撃で失神してしまったのです。島から鳥たちの声が聞こえました。しかし、鶏たちには気づいていない様子でした。鶏は覚悟を決めました。カワセミをくわえて、島まで泳いでいくことに決めたのです。鶏はそもそもうまく泳げません。鶏は何回も大きな波に打たれました。それでも翼を広げて、島まで泳いでいきました。そして日が沈むころ、鶏とカワセミは島の砂浜にようやく辿りつきました。鶏は翼の骨が折れ、傷口には海水が染み込み、もう飛べなくなってしまいました。カワセミは失神はしているものの傷はありませんでした。鶏は砂浜に気持ちよさそうに横たわるカワセミの様子をみて、誇らしげにとさかをかすかに赤くしました。