しほちゃんは、ういている#13
しほちゃんは堕落していた。「TK」はいろんな遊びに連れてくれて、美味しものをご馳走してくれる。彼女は受け身の居心地のよさに溺れていた。昭和の文豪は堕落した姿が人間のあるべき姿なのだと語っていた。
彼が死体を見せてくれると言ったあの日から、しほちゃんの中で何かが決定的に変わった。彼女の中にあった、どす黒い得体の知れないなにかは消えてしまった。「TK」の話によると近所で熱中症で、倒れた一人暮らしのおじいさんがそのまま亡くなったと聞いた。畳上には黒い染みがこびりついており、悪臭が漂い虫が這っている。身寄りのないおじいさんの荷物は、大家が手配した業者が住んでいた痕跡を残さずに清掃した。生前着ていた洋服や靴、雑誌、CD、電化製品が無慈悲に廃棄された。その話を聞いただけで、しほちゃんは具合が悪くなった。
彼には年上やいろんな友人がいる。一番年配の友人は60歳くらいのアパート経営をしている男性だ。「TK」が社長と慕うこの男は千葉県に住んでおり、3〜4人ほど乗れる何千万円する大型のクルーザーを所有している。夏になると、社長の船でクルージングをするのが恒例となっている。「TK」はしほちゃんを連れて社長の船で夢の島まで遊びに行った。若者としゃべるが好きな社長は彼女をとても歓迎した。二人でならぶと、まるで孫のようだ。海の上には渋滞がない。スピードを上げると、水しぶきがキラキラと舞う。船の上から見上げると、空と太陽しかみえない。東京の街並みとちがい、視覚情報が少なく目が疲れない。ディズニーシーよりたのしく、落ちるかもしれないというスリルが彼女を興奮させた。
夢の島に到着し、レストランで海の幸を食べながら「TK」はビールを飲んでいる。社長は茶色いサングラスをつけ、外の白色のベンチで日焼けしている。完全に金持ちの休日だ。ほろ酔い気分の「TK」がいい所があると言い、しほちゃんの手を引きドーム型の灰色の建物まで連れて行った。