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友人と酒場で冒険した話
とあるバーに行った。
このバーは以前に先輩に連れて行ってもらった場所で、特に気に入っているわけではないが友人が行ってみたいと言ったので、2度目の訪問。
入店すると、渋いバーカウンターの端にマスターが1人。
他に客はいない。
とりあえず2人で席につき注文しようかと壁のメニューを眺めた。
さて、ここまでの飲酒状況はというと、昼からダラダラ飲み続けて強度にレベルアップした友人に対し、20時の仕事終わりから合流した私は焼酎ソーダ割りを3杯。
これはスライムは一撃でもドラキーで苦戦するレベル。序盤も序盤。まだまだだ。
そんな私に対して先ほどギガンテスを3体まとめて倒した友人が言った。
「僕はモスコミュールにしよ。山石さんは何飲みますか?」
私は答えた。
「もう入らんて」
これは「まだ3杯しか飲んでないやん」のツッコミ待ちの小ボケ。
軽いコミュニケーションのスパーリングである。
ここは大阪、そういう言葉のどつき合いが日常の街。
するとマスターがカウンターの端から独り言のように言った。
「○▼△☆◇#▲〜たらよろしいやん」
私たち2人は瞬時に聞き取れなかった。
しかし、語尾からすると何か提案してくれている。
ひょっとしたら飲み過ぎを気遣ってソフトドリンクを勧めてくれているのかも。
とてもありがたい。
ありがたいが申し訳ない。
こちらはまだ飲酒Lv2だ。
そしてこのくだりはレベル上げの途中の内輪ボケなのだ。
私たちはありがたい言葉を聴き逃した事を恥じながら「はい?」と聞き返した。
するとマスターはゆっくりとこう言った。
「飲めへんのやったら帰ったらよろしいやん」
え?どういうこと?
今度は聞き間違いか?
念のためもう一度「え?」
聞き直す。
「飲めへんのやったら帰ったらよろしいやん」
先程と一言一句、イントネーションまでトレースして全く同じことを言っているぞ。うーん困った。
何が困るって、これがあからさまに冗談な雰囲気で、且つツッコミと認定できる言い回しであれば「ほな帰りますぅ、、いや帰らんて!」とノリツッコミで場を和ませるのだがそうではない。
マスターの顔がマジなのである。
「どうされます?帰られます?飲みます?」
ゴーレムのような真顔で追い討ちまでかけてくる始末。
この現実に「にげる」コマンドは無い。
確かに文字面だけ捉えればその通りかもしれない。
飲めなければ帰る。
ごもっとも。確かにそうである。
もしも、このマスターに向けて放った「もう入らんて」だったら至極真っ当な返しである。
しかし今回は少し違う。
こちらの2人の会話に、カウンターの端から割り込むファーストワードが、
「飲めへんのやったら帰ったらよろしいやん」
これがプロフェッショナルなの?
オーセンティックな接客なの?
塩対応すぎやないかい?
これが大阪なのかい?
いやまて京都弁?
私は「飲みますよ、ソルティドッグください」と言った。
ソルティドッグの由来「しょっぱい奴」にかけたつもりだったが、このマスターには伝わったのかどうか、最終的には美しいスノースタイルで提供されたソルティドッグ。
軽く一口。
・・・旨。
美味いんかい!
その後、さらに友人1人が合流し酒宴は続き、私のソルティドッグは既に4杯目となっていた。
グラスの蓋の塩を舐めながら思った。
「バーは経験値稼ぐ場所なのかも」と。
3軒のバーしか訪れたことのない『バーLv1』の私にとっては「飲めへんのやったら帰ったらよろしいやん」はレベルアップのメロディーなのかもしれない。