宮城からの手紙。【旅と日本酒 #1】
まだ梅雨に入る前、待ちに待った大型連休に私は宮城県を訪れた。
思ったよりも暑い。
用意していた長袖の出番はなさそうだ。
宮城県自体に来るのはもう珍しくなくなったけれど、
宮城を単体で回ったことはなかった。
立ち話くらいしかない人と初めて2人きりで遊びに行くような気分。
どちらに転ぶか分からない感じがとてもワクワクした。
◆
結論、宮城はとても好きな場所だった。
県庁所在地である仙台は、東北一の都市というだけあって私の地元よりはるかに栄えていたし
何より"杜の都"という名がぴったりの街だった。
季節柄街を彩る新緑は市街地にも溢れ、澄んだ青い空の調和に気分がとても落ち着ついた。
都会的で便利なお洒落な街なのに、東京ほど窮屈に見えないのはきっと、仙台の人々が守ってきたこの緑が街を包み込んでいるからだろう。
宮城に来たからには行こうと決めていた場所もあった。
11年前に東日本大震災を経験した沿岸部。
実は震災があった約3年後、一度訪れていたあの街々が今どんな姿をしているのかどうしてもこの目で見たかった。
向かったのは南三陸町と気仙沼市。
そこで目にした光景に私は少しホッとした。
どちらの街も、笑顔で溢れていたからだ。
コロナ禍でも移動が緩和されつつある大型連休真っ盛りだったこともあるだろうが
道路に連なる県内外の車に、道の駅で名産品を頬張る人々。
街は、8年前から確実に時を進めていた。
そこには見えない様々な想いがあると思うし、課題がなくなったわけではない。
けれど11年前、突然奪われた生活を取り戻そうとした人々の努力が、こうして少しずつでも報われていることが素直に嬉しくてたまらなかった。
人の想い、そこから生まれる力は無限大なんだろう。
未来を信じて進み、進み続ける強さを私は持っているだろうか。
一歩一歩力強く歩みを進める街の姿を見て自分自身を振り返る。
なんだか私も力をもらった気がする。
そして今回はとにかく、よく食べてよく飲んだ。
どこへ行っても美味しそうなものが並んでいるから、食欲に限界が訪れなかったのだ。
最終的には海ごと食べたいと話していたほど、特に海鮮は絶品だった。
豊かな海から生み出される最高の品々。
心も身体も十分すぎるくらい満たされた。
元気で前向きになれる旅。
宮城に来て本当によかった。
◆
帰路につき、旅の恒例行事に向かう。
旅行先ではその土地のお酒を買うのがマイルール。
いつも最後に取っておいているこの時間が、なんなら1番の楽しみかもしれない。
宮城ではどんな地酒に出会えるのだろう。
駅ナカの酒屋さんに入る。
店主の方はとても快く迎え入れてくれた。
「宮城で今1番人気の地酒はどれですか?」
「どんな味がお好みで?」
「最近は酸味がある味わいが好きでー」
しかし残念ながら、酸味が強いお酒はあまり用意がないとのこと。
というのも宮城では、食事中に1番合ういわゆる食中酒にこだわることが多いらしく
食事の邪魔をせず、お米の味わいがしっかりと感じられるというのが特徴なんだと教えてくれた。
あれだけ美味しいものが沢山あるんだ、納得の理由。
それなら特徴を存分に感じられるお酒をいただきたい。
店主の方がおすすめしてくれたのは「花ノ文」というお酒だった。
正直なところ耳にしたことのない銘柄。
「宮城でも取り扱っている酒屋は稀です。ただ、地元の古き良き居酒屋さんはみんな知っているお酒。本当にお酒が好きな人はこれを全員好きだと言いますよ」
そんなこと言われてしまったら、飲むしかない。
放っておけるわけがなかった。
宮城の土地を愛し、食を愛し、お酒を愛した
そんな玄人たちがが皆口を揃えて"好き"だというなら。
迷うことは一つもない。
中でも酒米に雄町を使ったもがおすすめらしい。
1番オーソドックスな銘柄だから1番良さが分かるはずだと。
花ノ文、名前もなんて素敵なんだろう。
どんな文を、どんな想いを届けてくれるのか。
楽しみで仕方なかった。
◆
帰ってきてから実際に一口飲んだ時、一番最初に生まれた感情は驚きだった。
こんなにお米の香りがする日本酒は初めてだ。
お米を食べているのかと錯覚した。
しかし、そのお米の甘みは直後にすっと口の中から去っていった。
まったりとしたデンプン感は残らない。
お米がその旨味を一瞬にして輝かせ、姿を消す。
とても不思議な感覚だった。
はじめての感覚に戸惑い、なんだったのだろうともう一度お酒を口に運ぶ。
まただ、この感覚。
お酒を飲んでいるはずなのに、なぜ私は白くてふっくらとした、炊き立てでツヤツヤなお米を食べているように感じるんだろう。
まさに日本の食文化を体現したようなお酒だった。
宮城のお酒は、食中酒として食事の邪魔にならないようなものだと店主の方は言っていた。
花ノ文を飲んだ今、それは少し違うように思う。
邪魔にならないようなお酒なんかじゃない。
それは十分、食事の顔となる主役だった。
引き立て役ももちろんできるが、その魅力を隠し通すことはできないだろう。
実際私はもう、食事と一緒にではなくてもそれだけでこの上なく満たされている。
宮城の雄大な自然を、そこから生まれる豊かな食物を心から愛した人が作った味わい。
旅先から帰ってきて開けた封からは、その土地への愛情と誇りを感じた。
そんなお酒に巡り会えたことが今回の旅での1番の収穫。
ありがとう、出逢えてよかった。
私からもお返しに、心からの感謝を込めてこの文を贈る。
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