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新しい好みに気づく夜。【日本酒ペアリング #1】

仕事中のお昼休み、iPhoneに届いた通知を見て一気にテンションが上がった。
一見するとただの宅急便通知だが、私にとっては待ちに待ったお知らせだった。
今日、お家にあいつがやってくる。
昨年末に頼んでいたあいつを、ちょうどよく忘れかけていたこのタイミングで。
今日はとにかく早く帰ろう。

残業なんか意地でもするかと会社を飛び出した。
一目散に目的地を目指す。
学生時代から、使い慣れた駅。
目を瞑っても歩けると豪語しているその駅を迷いなく進み、デパートの地下、行きつけの酒屋さんに到着した。
いつもは店員さんとおしゃべりしながら探すのがの楽しみの一つでもあるけれど、今日はもう決めている。


『お家にやってきたあいつと同じ "くに" 生まれの、いわゆる "同郷" を連れて帰ろう。』


あいつは、山口県からやってくる。
せっかくの機会だ、山口の仲間と顔を合わせてもらおうじゃないか。
その方があいつもきっと1番の良さを、1番の味を見せてくれると思うから。


山口県の日本酒



山口県の地酒といえば、言わずともがな思い浮かぶのが獺祭。
日本酒ブームの火付け役であり、今や日本を代表する名酒だ。
その華やかな甘味と日本酒らしさを感じさせる米の味、しつこさを感じさせない酸味、全てのバランスが取れた味わいは、日本だけでなく世界でも認められている。
でも今日の私はあえて王道を選ばない。
あいつにはもっとピッタリな存在がいる。


『貴 特別純米60 』
私が今日、あいつのお供として選んだお酒。
山口県の永山本家酒造場が生み出した「貴」の中でも最もオーソドックスな日本酒で、蔵元はその味わいをこんな風に説明している。

柑橘を思わせる心地良い酸味が、食材に寄り添うやさしい味わいのお酒です。青魚や牡蠣といった生臭さのある料理をいっを一気に旨みに変えるキレを持ち、柔和さと力強さの両面を併せ持っています。

永山本家酒造場「貴」公式WEBサイトより


まさに求めている味わいだった。
今日待っているあいつは、――そろそろ正体を明かしてもいい頃だけれど――"酸味"と相性抜群。
あわせて私が求めていたのはキリッとしたキレのある辛味。
不思議なことに、今日の私の思いを全て汲み取ってくれたかのようなお酒だ。

あいつ、そう、私が今日こんなにも会うのを心待ちにしているのはフグ。
ふるさと納税を使って頼んでいたフグ刺しが私の家で待っている。

フグを食べることを考えた時、合わせるものとして1番最初に浮かんだのはポン酢だった。
フグ自身が持っている甘みを最大限に引き出す鍵は酸味なのかもしれない。
そうであれば、ペアリングする日本酒にも酸味は欠かせないはずだ。
ポン酢の、あのなんだか唾液を生み出す独特な風味。
それに似た甘いような酸っぱいような日本酒なら、もっとフグ刺しの旨味を引き出せると思った。
加えてもう一つ。そのポン酢と一緒に思い浮かんだのはもみじおろし。
もみじおろしのピリッとした辛味は良いアクセントになっている。
日本酒にも辛味を求めた理由はこれだ。
フグと相性抜群なポン酢ともみじおろしをイメージして、その組み合わせに似た味わいなら間違いない。
テーマはフグとの"調和"。
今回のペアリングは、元々多くの人に愛されているマッチングをベースに検討したのである。


実食、実飲



帰宅してすぐにフグ刺しと対面する。
もちろん横には「貴 特別純米60」を添えて。
早速フグ刺しを口に運ぶ。
噛めば噛むほど口に広がる甘味。
さすがトラフグ。弾力があるのに硬いとは感じさせず、その歯応えが心地いい。
そしてなにより楽しみにしていた「貴」をいただいた。

あーなんて、幸せな時間なんだろう。
口に残るフグの甘味、そこに重なる「貴」の味。
酸味は思っていたより強くない。
それよりもお米の味がフグの少し残る臭みを一蹴する。
なぜだろう、お刺身食べているだけなのに一緒にお米を食べているようだった。
そして、1番感動したのは「貴」の持つ辛味だ。
もみじおろしのピリッとした辛さは舌に、「貴」の持つキレのある辛味は喉に。
身体全体で感じるこの刺激が、フグの甘みと抜群の相性を魅せた。
その中毒性には一度ハマると抜け出せない。
お酒もフグ刺しも、気づいたらほとんどなくなっていた。
自分の箸がとてつもないスピードで進んでいたことに気がつき、なんだか笑いが止まらなかった。

私を夢中にした フグ刺しと「貴」


そういえば私は辛味が強い、キリッとした日本酒はあまり好きでなかった。
けれど、どうしたことか。
「貴」の味わいは全く嫌ではなく、むしろぐいぐい飲み進めていた。
フグが持つ甘味がうまくバランスを取ってくれたからだろうか。
それとも単純に好みが変わってきただけなのだろうか。

また一つ、私は日本酒に問いかける。
それは好きな人を想うとしてしまう、自問自答のようだ。
また君のことが頭から離れなくなった。
これ以上好きにさせるのはやめてほしい。

あーもう、これだから君は厄介。
でもこれだから楽しくてやめられない。
重めの愛を語るのはここまでにして、最後にもう一杯乾杯をしよう。
今日はとっても幸せな夢を見れそうだ。

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