阿波人形浄瑠璃に触れる旅
何気なく手にした1枚のチラシを見て、息子は「行ってみたい」と目を輝かせた。
「特別展 天狗屋久吉と伝統を受け継ぐ人形師たち」
場所は徳島県立阿波十郎兵衛屋敷。
徳島に人形浄瑠璃の文化が根づいていることを、恥ずかしながら私たちはそのとき初めて知った。
人形の頭(かしら)にからくりが施されているものもある。
工作好きの息子の心に生まれた小さな火を、消したくないと思った。
10月の日曜日、徳島へと向かった。
徳島県立阿波十郎兵衛屋敷
はじめに訪れたのは特別展が開催されている徳島県立阿波十郎兵衛屋敷。
チラシに名前があった「天狗屋久吉(てんぐやひさきち)」は明治から昭和に生き、1,000以上もの人形を制作したと言われる人形師だ。
伝統的な技法を受け継ぎながら、野外の舞台でも映えるように大型化したり、ガラスの眼を取り入れたりと画期的な改良を施した初代天狗久。
その人により、阿波の木偶人形は全国に知られるものとなった。
阿波十郎兵衛は近松半二の人形浄瑠璃「傾城阿波鳴門」に登場する人物の名前だが、阿波の庄屋であった十郎兵衛がそのモデルとなったらしい。
ボランティアスタッフの方が教えてくれる歴史は、初めて聞くことがほとんどで、ほほうと唸ることばかりだった。
ここでは人形浄瑠璃が毎日上演されている。1体の人形の操作は3人がかりだ。
人形の左手についている棒は「差金(さしがね)」と呼ばれる。そうか、これを操ることが「差金」の語源だったのか。
徳島市天狗久資料館
その天狗屋久吉の工房を保存しているのが天狗久資料館。
街道沿いにあった工房から見える人形に通ゆく人が足を止め、次々と人形を注文していたらしい。
徳島には、人形芝居のための農村舞台が200棟以上現存しており、全国の9割以上になるらしい。
阿波人形浄瑠璃は今も大切に上演され続けている。
息子の心の火は、一日中燃えていた。
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