座れない都市

「暑いから気をつけてや~」

 茶畑で通りすがりの農家の人に声をかけられる。場所は静岡県島田市と掛川市にある「小夜の中山」だ。旧東海道の難所の一つとされ、最高点の標高は約250mである。決して高くはないものの急な坂は脚に堪える。丘の上から見る茶畑は景色が良いが、炎天下で冷茶が欲しくなってしまうのが難点だ。自販機も売店もないため、持参したぬるい水で我慢することにした。

 周辺には赤ん坊の泣き声が聞こえたという「夜泣き石」や、松尾芭蕉が「命なりわづかの笠の下涼み」の句を詠んだ場所がある。調べてみるとこの句は猛暑と笠しか影が無いことを嘆いているという。確かに休めそうな木陰は少ない。

 なぜ茶畑を歩いているのかというと、この場所が目的だったわけではなく、東海道歩きの通り道だったからだ。

東海道を歩く

 7月に筆者は東海道を歩いた。以前より何らかの旅に出たいという思いを抱えていて、たまたま時間のあった7月に突然出発した。電車でも車でもなく、歩き旅にした理由は自分でも不明だ。YoutubeやSNSで見るバックパッカーに憧れがあったのかもしれない。とにかく歩いて訪れたことのない街を見て回りたかった。

 出発は東京・日本橋。最終目的地は大阪で、現時点では名古屋までしか歩いていない。日程は以下のとおりである。なお天候不良により小田原で一旦、中断している。

 1~3日目 ⇒日本橋~横浜~茅ヶ崎~小田原
 梅雨により、4日間休み(都内で仕事)
 4日目 ⇒小田原から再開、箱根峠を超えて三島まで
 5日目 ⇒三島~新蒲原
 6日目 ⇒新蒲原~静岡
 7日目 ⇒静岡~焼津~藤枝
 8日目 ⇒藤枝~掛川
 9日目 ⇒掛川~浜松
 10日目 ⇒浜松~豊橋
 11日目 ⇒豊橋~岡崎
 12日目 ⇒岡崎~名古屋

 茶畑を歩いたのは8日目のことだ。1日で平均25~30km歩いた。

都市部がきつい

箱根の旧東海道

 東海道歩きでは箱根の峠越えと花沢山でハイキングをすることになった。7日目に通った花沢山は静岡市と焼津市にまたがる山であり、土砂崩れで海岸沿いを歩けなかったため登ることにした。箱根峠、花沢山、そして茶畑以外はほとんど平地である。

国道1号

 街道歩きで特にきつかったのは都市部だ。初日の日本橋~横浜間、そして12日目の岡崎~名古屋間。何がきついかといえば、座る場所が無いことである。脚が疲れているのにとにかく椅子が無い。ありそうなドラッグストアやスーパーの外にベンチは無く、コンビニの外にはもちろん置いていない。田舎であれば道沿いの空き地に座ればよい(誰かの私有地だったら申し訳ないが…)。だが都市部にはそんな空き地もないし、人目も気になる。

商業施設にも椅子は無い

 東海道歩きはほぼ線路沿いを通ることになる。駅前なら座れるスペースぐらいあるはずだと思っていたが、都内や横浜では少なく、排除しようとする意図が窺えた。手すりや突起物のように椅子の排除アートがしばしば話題となっているが、そもそもベンチがないこともある。

 そして駅チカの商業施設でも椅子が限られた数しかないのだ。ありそうなトイレ、エレベーターの前でも置いていないことが多い。仮にあったとしても既に誰かが座っていることが多く、街道歩きで汗をかいている自分が隣に座るのは申し訳ないため、座るのを諦めてしまった。

家電量販店ならば…

 (家電量販店の入口付近には自販機が置いてあり、ベンチも設置されている。そこならば休めるはずだ! 家電を買うつもりが無いのは申し訳ないが、お茶ぐらい買えばいいだろう…。)

 そんな思惑も打ち砕かれてしまった…。入口には光やらスマホやら、通信やら…販売員たちが陣取っていたのだ。キャンペーンの幟がベンチを隠すように立っており、そもそも座ることができない。そして彼らは居酒屋街の客引きより鋭い目つきで入店客を狙う。こんな場所では椅子が空いていてもゆっくり休めないだろう。「休憩スペースは無駄であり、目一杯に空間を活用したい」という事業者側の意思に圧倒される。

 喉が渇いていたため仕方なく販売員をかき分けて入店し、ドリンクを買ってから再度販売員をかき分けて外に出た。マナー違反も承知だが、空いている駐車場の隅で隠れるように座り込むことにした。

座るにもお金が必要です

 このように街道歩きでは”椅子不足”に悩まされた筆者だが、都市部以外では休むことができた。前述の通り田舎であれば空き地で休めばよいし、ハイキングコースには休憩スポットが整備されている。店舗の外に椅子が置いてあることも比較的多い。イ○ンモールのような郊外型モールは、フードコート以外でも椅子が多く設置してある。

 ここまでの流れだとベンチの無さや「排除アート」を非難する結論になりそうだが、筆者は仕方ないと感じている。実際に都内では、ベンチを置かなくなったことでホームレスや酔っ払い、ヤンキーなど”変な人”が寄らなくなる効果もあったという。車移動が当たり前の現代、街道歩きをするような変な人のためにベンチを整備する必要はない。

 駅チカ施設内にベンチが無いのも同じ理由で、夏に涼みにくる人やたむろする若者を避けたい意図があるのだろう。やはりカフェに入るか、コンビニのイートインを利用するしかない。都市部では座るにもお金が必要だと感じた次第である。

 最近では祭り会場で有料席やVIP席の設置が当たり前となった。今年開催された某夏フェスでも有料のベンチチケットなるものが販売されている。昨今、銀座・渋谷など都市部ではベンチが無いためか、外国人観光客による「座り込み」のマナー違反が話題となっている。どのようなシステムになるかは分からないが、解決策として将来的に”有料公共ベンチ”なるものができるかもしれない。


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