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全日本マスボクシング選手権⑦東京都代表選考会 「DREAM DREAMS DREAM」

嬉しかった。

普段は自分がやるサポートの役目を、翔太や辰太郎、覚守慧がしてくれる。そして辰壱や香林がいてくれる。少し離れた場所で見てくれている彼らも、自分にとっては頼り甲斐のあるセコンドだ。
そして門下生の皆さんやご父兄の皆さんに見守ってもらってえている。

 (ついに自分も一人のプレイヤーとしてやれるんだ…)

選手として"リングに上がる"という瞬間を初体験できること。

最高に胸が高鳴って、まじで伝説のJR東海のクリスマスCMの牧瀬里穂になった気分だった。最近で言ったらなんだ、ちょっと前だけど「花束みたいな恋をした」の菅田将暉と有村架純が敬語で居酒屋で話しはじめたあたりの高鳴り感。いや、違う。ウソ。でも胸は高鳴っていた。

ロープをくぐり、リングの上に立つ。

めちゃくちゃ、視界が広くて気持ちがいい。
ヤル気に満ちていて、とにかくワクワクとする。

審判に呼ばれた。
相手の選手もやる気満々だ。
体重は自分より10キロ以上は重そうだ。

1ラウンド、相手はサウスポー。
互いに様子を探り合う。ジャブを数発交換した瞬間。確信した。

(スピード、いけるな…..)

数発のジャブを放った後、相手の隙にクロスをうつ。
その後、相手のパンチは一つ深く踏み込んできたためクロスが自分の顔にヒットする。当てるのはマス・ボクシングでは反則だ。
相手が審判に注意を受ける。

自分も咄嗟に顔を少し背けていた分、ダメージは軽減されていたが、体重差がある。くらっとくる。

当てるか、当てないかで、間合いは全然変わる。

(ここはちょっと間合い感覚を変えよう)

そこからは、タイミングだけでなく距離もずらすことを心掛けた。

タイミングをずらしてステップ、踏み込んでうってすぐにステップバック、即ステップインして、今度は角度をずらす。

1Rが終了する時には、もう完全に相手のステップもパンチも見切り、ブランクにパンチを打ち込むことができていた。

辰太郎の声がよく響く。"印象いいですよ、とれてますよ!いけてますよ!"

自分が体感していたとおりだ。

2R開始そうそう、相手の目をみると、もう疲れているように見えた。

そして、正直1分間全て、相手の動きをズラして、相手のパンチを交わして、打ち込むという動作に終始して、疲れることもなく、むしろもっと動いていたいほどに"ゾーン"に入ることができた。

(これは確実にもらった)

しかし自分の腕は上がらなかった。

旗一つ差で敗退。

自分自身も大きく驚いたが、場内の叫びがそれよりも大きかったことには、さらに驚いたし、やっぱ、そうだよね…と苦笑をせざるをえなかった。

セコンドの翔太が

「おかしいです…」と首をふっている。

リングを降りると、MUGEN のみんなが不満や憤りの表情で迎えてくれた。

他のジムの方も、(あの人、なんで負けたの??)と囁いている。

辰壱と辰太郎、香林が、そりゃないですよと囲んでくれた。サスケも涙ぐんでいる。

ありがとう。結果ともかく試合を終えて、このメンバーに囲まれるのが嬉しい。翔太、辰壱、辰太郎、香林、覚守慧。昔からのメンバーだ。いつもはみんなのリングにあがる姿をセコンドから見守ってきたのに、今日は自分が主役になれた。

友香ちゃん、香純ちゃんが歩み寄ってきてくれた。ありがとう。
昌さんが「おかしいですよ」と憤ってくれている。かっこいい。
哲也さんが「お手伝いの大学のボクシング部の生徒さんたちが、先生の試合中にあの人の動きはすごいとざわめいていましたよ」と慰めてくれにきた。ふとカメラを手にした妻が、涙ぐんでいるのがみえた。ありがとう。

前章でも書いてきたとおり、これは「一種のバグ」なんだと思う。

審判団が選手に求めるものと、選手たちが理解しているものに対するズレがあって、そこが埋まっていない、そういう状況なのだろうなと悟っていた。

自分たちが今後何をやらなくちゃいけないのか、それは1にも2にも先ずは「これはマスボクシングというより、シャドーボクシング大会」という性質が主要前提にあるという認識を持たないといけないのだと。

基本どおりのステップ、基本どおりのパンチのフォーム。それらは美しい。

こうした要素を連綿と繰り出していけることが、第一の大前提であり、一瞬の接点をズラして「間」をとることよりも優先される。否、それらを連綿と繰り返しながら、ゲームコントロールを支配する側に回る。

それが究極とされる試合様式なのだと、実際にこの日一日を費やしてみて、ようやく納得した。まだまだ基礎力が遠く足りないのだ。

試合自体は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
疲れなど微塵も感じず、まだまだ何ラウンドでも動くことができた。

これは試合を見ていた人間なら、分かることであろう。

「とにかく速すぎました」

リングを降りてから、相手に改めて挨拶に行くと、選手とセコンドの方がそうやって自分との試合を振り返ってくれた。

「タツ、俺の分も頼む」

この日、ここで終わってしまうのかという残念な気持ちはあったけど、辰壱にその言葉がいえたことが嬉しかった。カリンにも全日本がんばれよということができた。やはりうれしかった。

そしてその日、佐藤ファミリーと夕飯を食べた時に、やっぱり翔太パパ、翔太ママも謎だ、謎だとすごく残念がってくださって、それもありがたかったです。

1週間後、昌さんが「やっぱり納得できません、嫁さんも(勝ったのは)先生だっていってます!」と伝えにきてくれたのが、それもうれしかった。お嫁さんに試合映像もわざわざ見せてくださったそうです。(お嫁さんもありがとうございます)

持つべきは仲間。

みんなと戦えてよかった。

芽依、拓仁、香林、辰壱、友香ちゃん、昌さん、佐賀さん、麻以さん

この8人がMUGENから東京都代表として選出された。

みんな、よろしく頼む。

こうして夏を前にして、熱い東京都大会は幕を閉じた。

(つづく)

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