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全日本マスボクシング選手権⑤東京都代表選考会

第一試合。
目の前ではサスケが最高のパフォーマンスを繰り広げていた。
止まらないステップ、相手を確実に上回る回転力とタイミングのいいパンチをあらゆる角度から打ち込んでいた。
相手は二学年下だ。この差は出ても当たり前であろう。

しかし2Rを終えての判定は予期したものとはちがった。

会場からひくい疑念をしめす声が会場のあちこちでひびいた。

この声は、試合前に運営側から出されたあの言葉とは逆だったからこそ出たものだと思う。

「これはただ単にパンチの数を出せばいいのではない、実践の延長にあるべきものです。タイミングをしっかりと狙ってとらえて、ディフェンスもできてこそです」というアナウンス。

この言葉に他のジムふくめ、一同納得の空気が流れた直後の試合だったがゆえに、いきなり基準がわからなくなった。(マスの基準、やっぱり分からないな・・・)そうした首を捻る雰囲気だ。そう、マスの勝敗基準は昨年度のマスの全日本大会をみてもいまいち分からないものが多数あったのだ。

これは運営や審判への批判ではない。
単純に、どうしたら勝てるのかという多くの人間が知りたい、そういう切なる思いが初っ端からつよく漂った、そういう素直な参加者たちの気持ちの描写である。

しかし、全日本でも運営が言っていたように、"大会としての経験値がまだ浅く、審判の基準がまだ定まってない段階"ゆえの、競技者と審判側のなんらかの認識のバグが起きているということなのだと思う。

とにもかくにも、サスケの6年の夢は、どういう基準だったのかの納得が全くできないまま終えた。
絶対に9月に長野の全日本へ行こうという目標。半年前に他の外部試合の出場からシフトして、本当に努力をしてきたからこそ、無念が広がった。

この日の小学生トーナメンでは、高学年女子の階級で3人のMUGENのメンバーだけで競うという状況になった。同門対決。

この件も事実そのまま、筆者の感じたままに書かせてもらいたいと思うが、読者にはご容赦いただきたい。

まず3人の中で誰よりも早くボクシングを始めたのがヒマリちゃんだ。
他の2人より一学年下の5年生。
そして空手では1年半前に他の道場から移籍をしてきた。
「戦える強さがほしい」
その一心で組手のあるこの道場に移籍してきたが、全くの組手初心者といってもいいほどの状態からのスタート。
その一心で稽古にも大会にも休まず出続け、まだ芽は出ない状態であったが、"あともう少しで芽が出る"ところまで来ていたと思う。
ボクシングのトレーニングにも、ひたすら基本に忠実にとにかく稽古を休まずに頑張り続けていた。

そしてコハル。
もう一人の参加者であるメイとのライバル付き合いは低学年からずっと続いている。今年の春には、さらに頑張っていきたいということで、原宿道場にメイと共に移籍してきた。
コハルは真面目だ。あまりにも真面目で冗談さえ通じないほどに、いつも一所懸命だが、短所は緊張しすぎてしまうことと、勝負に対してネガティブになりがちなことだ。
だからこそ、コハルの練習姿勢はいつも誰よりも息苦しく思い詰めている

一方、メイは二人に比べて大らかである。周囲と楽しくやっていくのが好きで、いつもみんなを笑わせるムードメイカーだ。それだけ繊細な心配りができる。難点は練習は好きだが、追い込みがきらいで、早々に根をあげて放り出す。しかしこれは天才肌にありがちで、技の習得はぱっとできてしまうところがある。高学年までにそうした部分で間に合わせてきてしまたっというところがメイにはあった。

「原宿道場へ移籍して、ここでしかできない大きなチャレンジをしたい」

そういって、コハルとメイはこの春に他支部からの移籍を決めてきた。
毎回40分以上を費やして東京の東部地域から通ってきているが、家族との話し合い、自問自答を何度も繰り返して、出した答えだった。

初めにメイとコハル。
そして決勝でメイとヒマリ。

3人は全てのチカラを出すことができたと思う。
緊張で出せなかったものがあっただろうか。いや、それも含めて3人がとても素晴らしい戦いをしたと思う。

二人から勝利したメイの決め手はボディストレートだった。
明確にこの度重なるパンチの印象がよかった。
タイミングとフォーム、これが二人に勝ったのだ。
あっぱれと賛辞を心から送るべき素晴らしい試合だった。

しかし、この二つの決め手の決め手の「ボディストレート」は、そもそもヒマリ、そしてコハルが何度も何度も練習をして身につけたはずの、彼女たちの得意技だった。

そしてメイは体調不良も度重なり、道場の稽古をかなり休みがちであったところ、試合1週間前にこのパンチを練習中にパッと掴んでしまったのだ。

方や月日を重ねて習得する者もいれば、1週間前にフィットしてしまう者もいる。

これはどんなスポーツにも、それ以外の分野にも、よくあることではある。
現実として起こることだ。

”ドリョクナンテシテモイミガナイ・・・"

才能には敵わないのだろうか。

この大会の後、山口はサスケ、コハル、ヒマリを呼び出した。

「もうボクシング全日本に出場するという夢は消えた。どうする?」

三人の沈黙に山口は語りかけた。

「本当に結果が出る努力をしてみないか。その代わり苦しいよ。半端なくキツいよ」

こうして三人の夏ははじまった。

この話には更なる後日談がある。

コハルがK-1やRISEにチャレンジすることが決まった時、メイは号泣した。ライバルの心春がまだ頑張れる道を見つけられたことが嬉しくてと、涙をながしてむせび嗚咽したのだ。メイは本当にやさしい女の子だ。

「ミッター、ヒマリちゃん、がんばってね」

メイの言葉にコハルが硬く口をとがらせてうなづき、ひまりは恥ずかしそうに首の中に笑顔をうずめた。そしてその横でサスケが眉にチカラをいれて気合を静かにためていた

こうして、小学生たちの試合が終わり、いよいよ社会人たちの試合となった。

いざ。

(続く)

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