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全日本マスボクシング選手権⑥東京都代表選考会 「傷ついた蝶の羽」

小学高学年の試合が終わると、次々に社会人たちの試合が消化されていった。

香純ちゃんは前の章でふれたように、経験値のある相手に善戦をし惜敗、昌さんがしっかりと勝負を決めて全日本へのチケットを手に入れた。

山口がセコンドについた時に、昌さんはこういった。

「先生、手数ではなくてしっかりとステップを使っていこうと思います」

その言葉どおり、昌さんはステップで相手のパンチや動きを外して、しっかりと相手の隙にパンチを打ち込み、時を積み上げていった。

昌さんの腕があげられて、誇り高い気持ちになった。

"TEAM MUGEN"

外部のチームと試合をして初めて勝利した記念すべき試合だ。
山口は、やはりこの春に他支部から移籍をしてきてくれた昌さんの姿に、安堵にも似た喜びを感じた。

「昌さん、次はオレが続くよ」

そういって、他のメンバーさんたちのセコンドについていった。

しかし、マスボクシングというのはなんだか厄介なものだ。

数多くの試合が次々に消化されていくが、やはりなんとも理解し難い判定の試合も定期的にとびだし、会場が低くどよめいていた。

自分なりに"謎判定"の基準について、思考をめぐらせた。

ある程度わかったのは、この日は「タイミングよりフォーム」 が相当重視されるということだ。大袈裟にいえば、シャドー・ボクシング大会。

この試合冒頭で言い渡されていたような「本来は当てるということを想定して・・・」というセリフの分析をもっと高めていくと、必ずしもうちのジムでおこなわれているRING FIGHTという「空手の寸止め試合」のような基準とは違うのだろうなということは、うっすらと分かってきた。

続くダイスさんの試合、井関さんの試合、どれも大健闘で感動をした。
最後まで気迫を燃やし続ける。
たった1分×2ラウンド。

その中に今まで練習してきたものの全てを投じ切る。

ダイスさんの最大の武器である「一瞬の瞬発力」がそれが最後には、羽の傷ついた蝶のように最後の羽ばたきを試みる。

井関さんの間合いであるショートに潜ろうとすればするほどに、相手の連打シャドーが映える。それでも自分の大好きな左ボディーを狙い続ける井関さん。

セコンドにつきながら何度も目頭が熱くなった。

哲也さんと永井さんの同門対決。哲也さんが旗一つを多くとり、勝ち進んだが、永井さんの終盤の追い上げにもびっくりした。

おそらく今回のメンバーで一番トレーニング量が多いであろう哲也さんが1ラウンドでフットワーク量の圧倒的な違いを示してみれば、2ラウンドで急激に不老不死の体内物質が分泌されたかのようなゾンビーラッシュをみせる永井さん。

その戦いはあたかもMUGENのRING FIGHTそのものだ。
50代半ばの大人の男 "二匹が" リングの中で、呼吸をとめながら拳を放ち続けている。

"もうぶっ倒れるまでやろう"

こんな世界観をマス・ボクシングという世界で繰り広げている。

なんて美しいんだ。

さぁ、つぎは60歳の小林さんだ。
山口もアップをはじめた。

小林さんの戦いは、やはり小林さんらしかった。
週4回。

この日に備えて、小林さんはその頻度でジムに顔をだして汗を流し続けた。

GWから入会した92歳の女性や他の60代以降の会員さんたちを温かくサポートしながら、それでいて「自分の道」を真剣に走りつづける男。それが小林さんだった。

身長の高い相手に、小林さんは時おりジャンピング・パンチを放つと、会場がおおっと歓声をあげる。

まさかこの年代でジャンプをする人間がいるとは思わない。

MUGEN STAYLE

精一杯の小林さんの動きは本当に素晴しかかったし、相手の方のボクシングもカッコよかった。

会場中から心地よい拍手が沸き起こる。

(さぁ、自分だ。。。)

山口は気合をいれた。

>ヤマグチ ハ  キアイ ヲ イレタ
>ヤマグチ ハ  キアイ ヲ イレタ
>ヤマグチ ハ  キアイ ヲ イレタ

大好きなモンスターはハグレメタル

なんだかにやけてしまう。

なんだか楽しくなってきてしまう。

なんだか力が降り注いでくるような気になる。

脳内麻薬が弾けて溶けはじめたのだろうか…..

その時、目の前で信じられない光景が広がった。

今大会で山口がマークしていた実力者の選手が準決勝を前に敗れたのだ。
自分はこの猛者と決勝で会いたかったのだ。

「????????」

場内に不穏な空気とため息が広がった。

フォームも美しかったし、パンチも力強く、バリエーションにも富んでいた。タイミングも奪っていた数は勝っていただろう。

「なぜなんだ?今回は本当に分からない!!」

そう怒り心頭に絶叫してその選手はリングをおりて、観客席サイドに降りてきた。

しばらくして山口は会場の隅に佇んでいたその選手に声をかけた。

「自分は圧倒的に勝ったと思いましたが・・・」

会場にしゃがみこんでいたその選手は顔をあげて、悲しそうに微笑んだ。

「本当ですか?・・自分も自信があるんですよ・・納得がいきません・・」

彼と握手を交わして、自分は準決勝にそなえた。

(よし・・・やったるぜ!)

自分はグローブを叩く。

辰太郎と翔太とサスケがかけよって脇を固めた。
すこし先にいる辰壱と目があった。
うなづく。

香林がみている。コハルやメイがみている。
陽葵、三浦ファミリー、香純ちゃんと友香ちゃん、昌さん、ダイスさん、井関さん、小林さん。拓仁も夏来も。佐賀さんも。
佐藤ファミリー。
そして麻以さんがカメラ越しにファインダーをしぼる。

「よし、行ってくんわ!!!」

もう一度グローブを叩いて、ステップを確認した。

#栄光に向かって走るあの列車に乗って行こう
#弱いものたちが夕暮れ  さらに弱いものをたたく
#その音が響き渡れば  ブルースは加速していく
#見えない自由がほしくて
#見えない銃をうちまくる
#本当の声を聞かせておくれよ

(つづく)

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