
その6「仲良しごっこをしにきたんじゃない」
こんにちは!山口美咲です。
さて。2020年まであと5日!
なんだかワクワクしますね!引退してもう4年?!はやい。とても穏やかな毎日を過ごしているなあと感じています。☺️
「美咲ちゃん休んでるの?」
とよく聞かれますが、練習なかったら休みなんですよね🤔呼吸も脈もあげてないし、筋細胞壊し続けてないし、身体痛くないし、、、🤣
そう思えることは、スポーツやっててよかったなって思うポイントのひとつです✨
体力有り余ってますから🤣
ということで!(笑)今日はそんなきっつーい練習をしていたときの話。
「仲良しごっこをしにきたんじゃない」
水泳をやっていて、そう思う場面がいくつかありました。
小学5年生の頃、「全国で戦える水泳選手を目指す!」と決めたとき、
「オリンピックを目指す!」と決めたとき、
わたしのなりたい自分は明確でした。そしてそこに軸がありました。
私は、人間が大好きです。友達が大好きです。
でも、一番怖いのは人間で、友達です。
人間はこの世界にひとりと同じ人はいません。
全員を理解するなんて到底無理で、でもわからないことが怖くて、人間関係はとても難しいと今でも感じています。
そして友達になると、その人を無くすことが怖くなります。友達と喧嘩すると、私の心に津波がやってきます。そうして、被害を少なくしようと自分を守り、偽っていたときもありました。
でもそこから抜け出せたのは、なりたい自分があったからでした。
競技生活をしていて、いやがらせ?みたいなことは正直うけていました。
いじめる方が悪い、いじめられる方が悪い。
いろんな考えがありますが、私はそうやってどちらが悪いと決めるより、どちらも「なぜそうなったのか」という根本を追求する方がいいな、と思っています。
小学5年生の頃、人よりも泳ぐことが得意だった私は、そのスイミングスクールの中ですぐに誰よりも速くなりました。
そこで起きたことは、仲間外れです。
水泳の試合は遠足と思っていた私は(笑)、毎回試合のときにお菓子を持っていき、みんなで交換しながら話をすることが好きでした。
そんなある試合のこと、みんなでいつものようにいたのですが、私にだけお菓子もまわってこず、会話にも入れず、最終的にある子が「あっちいこーよ。」といい、控え場所には私だけになっていました。そのときに思ったことは、
「私は全国大会にいけるような選手になりたいんだ!だからスイミングスクールにいるんだ。仲良しごっこをしにきたんじゃない!」
と、自分を奮い立てました。次のレースに向けての準備を行い、その中の誰よりもよい結果を残しました。そうすると、みんなが変わりました。思う節はありますが、でもいいんです。同じように目標があって、この場所へは「なりたい自分」になるためにみんな集まってるのだから、それが一番にあればよいと思っています。でもきっとこの考えは、個人種目の独特な感覚な気がします。笑
そして高校に入ってからも同じことはありました。
ある先輩から全て無視をされる。
挨拶も無視、目も合わない。
同じ種目ということもあり、葛藤や思うところがたくさんあったのだと思います。でも、私はオリンピックにいきたくて、そのためにここにいる。そしてその人は先輩だから、ほかの先輩と同じように後輩がやらなければならないことをやる。そしてもちろん、目標にむかって水泳を頑張る。
そうすると、ある日その先輩から話しかけられました。びっくりして、今でもその時のことを鮮明に覚えています。
「どうやって泳いでるの?」
この言葉は今でも忘れません。とてつもなく嬉しかったです。認めてもらえるって、こんなに嬉しいんだ、と思いました。
そしてある日には、わたしの悪口を言っている声が聞こえてしまったため、
「なにかあるなら私に言ってよ」
と直接言いに行くこともありました。このときは震えたな〜笑
他にも、SNSができてからは全く知らない人からの罵倒もありました。
「お前が日本代表にいる意味がわからない、ブス」
「はやく辞めろ」
「お前なんかみたくない」
「お腹を殴りまくったあげく、太ももを切り刻む」
最後は恐ろしすぎて報告しましたが、今はこういったSNSの使い方が特に問題になっているのではないかとおもいます。
まとめると、受け取り方によってはいじめに発展することもあるだろうし、どうしてそんな行動をとってしまったかと相手を考えると、葛藤があったりするのかな、と思うことができました。私も強く癖がある性格だし、嫌な思いをさせてしまっているところも気付かないうちにしてしまっているところもあるとおもいます。でも大切なことって、
「その人と向き合うこと」
そして、
「どうしてここにいるのか。」
そこさえブレなければ、人間関係のしがらみから少し解放されることを学びました。
つまり"仲良しごっこをしにそこにいるんじゃない"のです。
それでもまだまだ人間関係は難しくって、友達から向き合ってもらえないこと、反応してもらえないこと、それは未だあるし、都度津波が押し寄せてきます。でも、友達とはいつか生きていればまた笑い合えると、諦めたくないです。わたしにはかけがえのない友達だから。
仕事や学校、習い事。家以外はなにか目的があってその場所にいると思います。人間関係はもちろん切り離すことはできませんが、解放の仕方を探してみるのも大事なのではないかとおもいます。
自分の人生なんだもん。少しでも笑っていたいな、そして笑っていてほしいな😊