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生きている事自体が向上心

 人間って、向上心の塊なのかな、なんて思った。Twitterで多くの方の投稿を見させていただく。脳梗塞の後遺症と戦っておられる方、躁うつ病の方、難病の方。様々な境遇の方のつぶやきを見ながら思った。私が見させていただいたどんな境遇の方でも、「こうなりたい。」「ああしたい。」というような思いを持っておられる。

それに向かって努力するかどうかは別として、「お金がいっぱいほしい。」「車がほしい。」「家がほしい。」など、人間の欲望は尽きないと思う。この欲望っていうのは、向上心と捉えてもいいのかもしれない。現状よりもプラスされたところに進みたいという思いと捉える。

今のままでいいと思っている人でも、今の状態を維持することは、結構な労力を必要とすることだと思う。清潔な体でいるために毎日風呂に入る。生活できる自宅内であるために、毎日家事を行う。具合が悪くならないように、食べ過ぎない、ある程度体を動かす。

生きている人って、自分が気づかないうちに、前向きに生きていくための多くのことに取り組んでいるのだと思う。そうでないと生きるということを維持できないから。だから、生きているだけで向上心があるといっていいのではなかろうか。

ケアマネとしてご高齢者に関わっている。ご高齢になると、ご自身のことが段々とご自身でできなくなってくる。体が弱ってきたり、物忘れが激しくなったり。そうすると、人の手を借りなければ生活できなくなる。ほとんどの人が、長生きすればそのような状態になる。

けれどもほとんどの人が、決して生きることをやめようとしない。どんなに自分でできることが少なくなっても、寝たきりになっても、心臓がとまるまで生き続ける。

生き続けることが向上心と捉えてもいいように思える。はたから見ていると、生きることってこんなに大変なんだと思い知らされる。ご自身の意思では全く体が動かない状態で、ベッドに横たわっているそのお姿。

まわりの多くの人たちに力を借りて生き続ける。大きなエネルギーが寝たきりのその方から発せられているのを感じる。心臓がとまるまで生き続けるそのお姿が、向上心と捉えてもいいのかもしれない。

だから逆に言えば、そんなに「もっとああなりたい。」「こういう自分になりたい。」などと思わなくてもいいのかもしれない。生きている事自体で人は、十分に努力していると思う。生きている事を保っている事自体で人は、十分に向上しているような気がする。

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