吉増剛造著「詩とは何か」を読む 先祖と同じように虫と生きる
吉増剛造著「詩とは何か」を読んでいると、第三章 根源の詩人たち、のなかで、黒田喜夫の毒虫飼育という詩があげられています。最初の部分を書けば、
全文はここで読めます。
私の住んでいる長野県は養蚕の盛んなところでした。長野県の諏訪地方は女工哀史でも有名です。そこでの過酷な労働が日本の外貨獲得に大いに役に立ったのでしょう。私がまだ小学生のころには蚕を飼っている家がありました。桑の畑があって桑の実を食べたものです。桑の実は赤黒くおいしい実です。
桑の葉を蚕の餌にして、葉を小さな音と共に食べて大きくなります。やがて自らの体内から糸を吐き出し、繭を作ります。繭の中で虫は蛹へと変態します。そして、繭を煮てそこから生糸を紡いでいきます。生糸からさらに織って絹の布にまでします。絹は独特の手触りと光沢をもっています。
他にも、この地方では地蜂といわれる蜂をとって食べます。私も小さいころ、今は亡くなってしまった叔父たちと山で地蜂を追ったものです。今朝の地場新聞でも蜂をとったという記事が出ていました。
「毒虫飼育」を読んでいると虫がゾロゾロと這いまわっている感じがしてきます。気味が悪い感じもします。虫を食べるというのも、たぶん気持ち悪がれると思います。しかし虫とともに暮らすというのは、日本のありふれた光景だったのかもしれません。
虫を飼い、虫を食べる。それは太古からつながる人の道の一つなのです。「毒虫飼育」は私の住んでいる地方がもっている幻想なのです。その幻想が死者を呼び出すのでしょう。
ここで書かれている職に就くというのが、輝かしい未来ではなく、祝福のようでもあり、呪いのようでもあり、罪のようにも感じられます。狭い四畳半の部屋の中が、世界そのもののようでもあり、先祖と同じように虫とともに生きていきます。
吉増剛造著「詩とは何か」のなかではほかにも多くの詩が紹介されています。気になったら是非読んでみてください。